院長BLOG

2021.03.25更新

ACPとはアドバンスケアプランニング、ということで、つまり、自分がどう死ぬか、そしてその前後にはどういう終活をするか、ということを家族や医療介護者と事前に話し合う、ということなのですね。

これ、2017年ごろに米国から提唱され日本でも2018年から厚労省がキャンペーンをしようとしていたところが、その啓蒙ポスターが不評でポシャってしまい、実質いまだにあまり広まっていないそうです。

アドバンスというと、普通、「進歩、進化」を意味するように思うのですが、この場合、「事前の」という意味だそうです。

このACPについての講演が東名古屋医師会地区で催され、講師はきまたクリニックの木全先生が担当され、それをウエブ聴講したというわけです。

講演では述べられませんでしたが、アメリカは訴訟の多い国なので、事前に家族で契約作業をしておかないと、あとで大変、ということから、こういう事前会議の必要性が増大したと思われます。

先進国ならではの、かつ、近年はリビングウィルが個別にさまざまであろうから、いわゆるオーダーメイド終活のようなことになってきているのでしょう。日本ではあまりまだ広まらないのは国民性によるものだろうと思います。凄く遺産が多いとか、当該患者がこだわりの強い性格だとか、そういう場合にはこういうことが必要になってくるのでしょうが、日本ではそのあたりは割とあいまいでもなんとかなってしまう特性が背景にあるので、この概念や作業が広まっていないままなのではないかと。ただ、日本の常として米国の追随をするのがパターンなので、いずれは、ということになるでしょうね。なにせ医療も死生観や終活も個別化個別化の時代ですから。

その、個別化に関して言えば、いわゆる、治療をする、という前提であれば、癌であろうとターミナルケアだろうと生活習慣病であろうと、標準ガイドラインというものに沿ってやれば大体良いのですが、治療をしない、という選択も入ってきての個別化、となると、これはもう頭が混乱してしまいます。ある面については治療したいが別の面では治療したくない。たとえばそれが、抗がん剤や手術はしたくないけど苦痛は治療したい、というのならまだ一般化してるので理解しやすいですが、そういう型にはまらないケースも多々あるし、家族の問題、経済的な問題など社会的要素含めてオーダーメイドというのは大変なことです。

また、そういう終活ということでなくても、年々、どんどんストレスに思うことは、外来診療において、各患者さんにより、その人の性格や要求度や態度が通常レベルではなく、そのためまっとうなことをやろうとするのにも異様に神経をすり減らされることが昔より増えたなあ、というものです。多様化多様化と、さも大変良いことばかりのように扱われる昨今ですが、それに対応するサービス提供側の苦労は大変です。役所なんかもいまどきは大変なんじゃないかな、とくに接客部門。ましてや病院は本当に大変です。今回の講演でも感じたことは、とにかく、一人の患者さんに対して凄く慎重に、ていねいに、腫物に触るかのようにアプローチしていく、というような、しかも会議のたびに何人もの専門家や家族が集まって相談するわけですから、そもそもどれだけ集会に参加できるのか、から始まって、会議できても「小田原評定」のように何にも決まらずに、いつまでもまとまらない、ということにもなりかねない、というのは講師の先生も言われてましたが、そういうリスクはあるように思います。ハードルがいきなり高く設定されているのは、結果的にこういう会議が広まらないことに終わってしまうんじゃないかなあとも感じました。

つまり、本質と形式とをどうつなぐか、ということなんですね。私は形式はなるべく排除するポリシーなのですが、当該患者の全人的なスタンスを理解していればコマゴマとした会議は不要になるんじゃないかなと。ただ、それができるくらいならこういう機構は提案されないわけで、いろいろなケースがあるんだろうなと思います。

投稿者: 三本木クリニック

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