院長BLOG

2020.05.12更新

もう何十年も前にNHKのドキュメンタリー番組で「わが青春のトキワ荘」というのが放送されていたのをユーチューブで偶然見て知りました。

放送当時はまだ手塚治虫も藤子F不二雄も赤塚不二夫も石ノ森章太郎も存命で、他に出演していたトキワ荘の漫画家たちも、いまとなってはすでに死去されている人がほとんど、というほどに昔の番組でした。

トキワ荘に住んでいた仲間のうち、放送当時ですでに売れずに引退した人もあり、家族と離れてしまってもなおアルバイトをしながら漫画への情熱を失わずにいる人もあり、でもその人も持ち込んだ原稿は結局出版されることなく終わったとか、悲喜こもごもの情景を淡々と描写した番組でした。

その時代に合わせたというか、もしくはたまたま作風が時代に合ったという場合には売れっ子漫画家になっていて、昔、戦後の間もないころの古風な漫画の理想を忘れられない人は実質引退状態となってしまっている。

どういう収入にせよ生活できればそれでいいわけだから、売れない理想を日々追い求めても生活に困らない経済状況ならば構わないし、アルバイト生活でその日暮らししていても本人がハッピーならばそれでいいわけですが、、

この番組を見て自分自身のことを思ったのです。私は現実主義の生き方を意識せずに自然に採用して生きてきたんだと。

もともとそういうことだったわけではなく、必要に迫られてそうなったのだろうとやはり思いますが、医師となって、しかも開業医となって、となると、尚更現実主義者にならざるを得ないのがまさに現実ってやつです。

あくまでも客観的事実からどう現実の行動をとるか、ということです。確率の良い方法をとる。効率的な方法をとる。

ただ我ながら残念なのは、本質医療というものにこだわるあまり、まあそれがある意味理想なのかもしれないですが、それにこだわるあまりに、感情的になってしまうことがあります。それは現実主義者ではないかもしれません。ただ、本質的なことというのは整合性が保たれていることでもあるはずなので、現実主義とは根本においては相反しないはずではあります。

患者さんの要望する内容が、本質的に危険な選択である場合にはさすがにそれを許すことができません。もちろん、自死することも自由であるわけだから、患者さんの自由でいろいろ決めて良いのはあるのですが、それならば病院に関わることも不要でしょうし、もしその要望の先にあるものがより快適に長生きすることであるのならば、それに反する行為を推奨することはできないわけです。そこをなかなか分かってもらえないことがたまにあり、患者さんの側でも、この良い状態を維持するのに実はかなりハイレベルな調節や観察を要していることを、気づいていなかったりするのです。平和や健康というものは、未然に危険を回避させているおかげで成り立っているのです。・それを知らずして、いまの安定は誰が管理しても同じだと勘違いするのです。それを一所懸命に説明してみても、それは理解してもらえないこともあるんですね。表面に出てないことを分かれといっても無理かもしれないのはあるので。

そのうえで、いかに現実に落としどころを作るか、ということは、大変なことです。現実、客観的事実、エビデンス、というものをやはり重視することが目的のためには重要なのです。

希望的観測や気持ち感情だけではなかなか現実というものは都合よく動いてくれません。

逆に医者が理想主義者すぎる人物だったらどうでしょうか。危険ですよね。たとえばコロナのような災害下においても、過激な偏執思考に陥る、そしてその偏狭な考えをあちこちにばらまくような医者は社会では害悪にもなるのです。

まあ、実際に、明らかに非常識で異常な内容の著書をたくさん出している近藤誠という医師もいますからね。医師というものは、ある程度の個性は良しとしても、基本的には中道を意識して現実主義者でなければどうしようもない存在職業であると、私は思います。実際に患者さんを一人でも治療する場合、自動的にそうならざるを得ないのです。でなければそれは恐ろしいことです。

理想については趣味の世界の中でそれを追求し、一方、社会的職業としてプロとしてやる場合には、やはり時代や現実社会にある程度合わせた対応を取らざるを得ない。ただし、それが世界全体や国全体が間違った思想や方向に突き進んだ場合には別ですけれど。

社会において普通に健全に生きていくうえで、個人の生活、家族の生活、ということを考えたときには、リアリズムにのっとった行動をとる、というのがリアルワールドだということです。

言ってみれば、現実主義というものは、実につまらない、淡々とした毎日の積み重ねであるとも言えましょう。しかし所詮は人間の一生などというものはそんなものだろうとある意味達観する勇気も必要というわけですね。

で、そんな中にあっても、内在する魂には常に燃える生命力とでもいうべきか、怒りだったり情熱だったり、そういうものを包含している必要もあって、そういうものがないと単なる動物に成り下がってしまうわけです。

バランスというものはかようにして非常に難しいものです。一見まっすぐに歩いているつもりでも知らないうちに傾いてしまっていて、ずっと遠くにあったはずの側壁に当たり続けてしまうようなことがあるからです。当たっているのに気付かずそのままガリガリと引きずり続けてしまう。それは客観的に俯瞰で見直さないと把握できない、もしくは他人から指導矯正をうけるか。

投稿者: 三本木クリニック

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