土曜日は美術鑑賞のあと、場所は変わって「糖尿病とインクレチン」と題するセミナーに参加してきました。
ご時世によりハイブリッド方式の開催ということで、オンラインというかウェブでも聴講できるし、現地でも人数限定で参加できるというタイプ。私は現地で聴講する派ですので出向いて参加しました。
名古屋では糖尿病の専門家として大変に有名な洪先生による講演と、順天堂名誉教授の河盛先生による講演の2題でした。
かつては糖尿病の治療というとSU薬(スルホニルウレア系薬)が主流だったのですが、直近のガイドラインではとうとうこのSU薬は糖尿病の治療薬としては原則的には使用しない、という位置づけにまで陥落してしまいました。
もし現在糖尿病の治療をしている患者さんで、相変わらずこの系統の薬剤を処方されているとしたら、その主治医の先生は頭の中の知識をアップデートしないといけません。
さて、例によって今回のセミナーで得られた知識を並べます。
HbA1cとは、細小血管障害のリスクのためのマーカーであり、すなわち糖尿病性網膜症や腎症の予防のために有効なものであるが、直接命に関わる心筋梗塞や脳血管障害といった、大血管障害のリスクを下げるマーカーではない。
ゆえに、いまはHbA1cを薬の作用でもって下げればさげるほど生命予後を良くするということでもない。(もうだいぶ前のこととなってしまったが、2013年に日本糖尿病学会が熊本で開催された際に、通常の糖尿病患者さんの目標値は6%未満ではあるが、下げ過ぎも良くないとなり、また、糖尿病治療において最も重要な問題である合併症予防のためにはA1cを7%未満にすれば良いのだという、ざっくりとした目標が「熊本宣言」として発せられ、以後、検査の正常値である6.2%以下を正常とするというものとの乖離がいまだにそのままとなっている。)
それではA1cは7までは放置して良いのか、というと、もちろんそういうことではなく、糖尿病予備軍といわれている、境界型糖尿病もしくは軽度糖尿病というカテゴリーにおいても、実はすでに膵臓の保護や合併症予防のために治療介入をすべきである、ということは変わりがない。最初に行なうべきはやはり運動や食事療法である。その次に、日本においては炭水化物の吸収を緩やかにするαGI(αグルコシダーゼ阻害剤)をもっと評価して用いるべきであるのではないか。
このαGI系の薬剤は欧米ではほとんど用いられることはないということだがそれは何故かというと、日本人と比べて、欧米人は炭水化物の摂取率が低いからだという。炭水化物を主食とする国においてはやはり相変わらずこの薬剤の有用性は高い。
若い人やちょっとしたインテリの中高年に人気の炭水化物抜きダイエットを日本人が行うことというのは、当然ながら危険なことであり、ある若い女性で160cm47kgという例では、炭水化物抜きダイエットにより、見た目は麗しいけれども、その実、サルコペニアかつ骨粗鬆症という恐ろしい事実(言ってみれば老人の状態)が発覚してしまったケースもあるという。
そもそも、内因性のインスリンつまり自分自身の膵臓から発せられるインスリンが肥満や動脈硬化に悪いのは何故かというと、インスリンそのものではなく、その代謝物であるCペプチドが一番悪いのだと。そしてインスリンが急激に分泌上昇するのはいつかというと、食後であり、食後高血糖とそれを抑えようとして大量に放出されるインスリン分泌、その結果として発生するCペプチドが多いことが、脳血管、心血管の障害を惹起するし、食後高血糖は高血圧にも悪い影響を与える。
食後高血糖を抑えるには食後しばらくしてからの有酸素運動、薬物でいえばαGIが理にかなっている。
インスリン感受性を改善する効果で知られているピオグリタゾンはもともと中性脂肪の治療薬であるフィブラート系の薬剤からの誘導体であり、そのこともあってか、血糖改善だけでなく、善玉コレステロールを増やし、中性脂肪を減らす作用もあり、実はLDL悪玉コレステロールだけではなく中性脂肪も心血管イベントに悪いことが近年明らかになっているわけだがその中性脂肪をも下げる効果のあるピオグリタゾンは結果として心血管イベントを減らす。
糖尿病治療薬で心血管イベントを有意に減少させることが明らかとなっているのは、上述のピオグリタゾンの他に、SGLT2阻害剤と、GLP1受容体作動薬の3種類となる。不思議なことにGLP1受容体作動薬と似たような機序を有するDPP4阻害剤では心血管イベントを抑制する効果はない(過去のすべての臨床試験において証明されていない)。
GLP1受容体作動薬には毎日注射するタイプと週一で注射するタイプとあり、直近では内服タイプもでてきたが、多少の悪心副作用があることからなのかどうか不明だが、体重減少効果があるため、自由診療やネットで痩せ薬として販売されているという(これは個人的意見としては問題のある行為ではあると思う)。また腎血管といった細小血管への保護作用もあるとされ、今後の治療選択の上位に来るのではないかと期待される。
他にもこまごまと得られた知見がありましたが、だいたいこんなところです。ただし、今回言われたこととして印象に残っていることは、統計的に有意だからといって出された臨床エビデンスというのは、そのうち半分程度は実は後の時代に評価してみると間違いだった、と断じる論文もあるので、ガイドラインも含めて、「あくまでも現状では」という視点をもって臨床に生かすべきだという点です。実際、SU薬が主流だった時代、といってもつい20年ほど前のことですが、その当時、いまのような、SU薬はほぼ絶滅するようなことを予想している人はほとんど誰も居なかったはずです。新薬が次々に登場することにより、かつての四番打者が淘汰されるということはある意味喜ばしいことなのかもしれないが、かようにエビデンスというものは、あくまでもその時点ではそうなのだが今後はどうなるか分からないものであるという認識も必要だということなんですね。ゆえにHbA1c至上主義についても今後どうなるかなあという気はしていますが、さりとてA1cの数値と毎日の血糖値の推移平均とは比例関係にあることは間違いないわけで、いきなり軽視するのも危険だとは思います。
今回の講演で、少し疑問が沸いた点があったのですがリアルタイムでは質問時間がほぼ設定されていなかったため質問できなかったので、個別に質問を送ろうと思っています。
そんなこんなでいろいろと得られることはやはりあるわけで、今後の診療に生かしていきたいと思います。