院長BLOG

2021.03.22更新

ある人から「ブログは価値あるものであり、ゆえにちゃんとそれを求めている人、本来的にこの価値を認めて求めるというセンスのある人にのみ提供するべきである」との助言をもらいました。つまり病院紹介の内容はこれまで通りで良しとしても、それ以外の内容のものは有料で限定提供するべきだと。そういう価値があるのだと。

そんなものかなあと思いましたが、この際その指示に従ってみることにします。

リニュアルブログプロジェクト。

それについて少しずつ動き始めました。有料とするからには、その有料対象とするブログコンテンツについてはこれまでよりも写真などのプラスアルファの特典を盛り込むなどの充実進化をさせることで少しでも価値をプラスしようかと考えています。

少しずつ進めていきますので、今後都度都度に報告します。

 

また、ブログ本第二巻の編集作業が始まっています。こちらも初刊に続いて、かつ、多少の見易さ読みやすさや写真特典などを追加改良して発行するつもりです。今回はすべてアマゾンでの販売とする予定で、そのため価格が少し上がりますが、もしご興味のある方は購入よろしくお願いいたします。

 

 

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.20更新

ある本をたまたま買って読んだとき、そこには、「この本に出会えて読んでいる人は、この本の内容からして、必ず成功する運が良い人である」と書かれてありました。

著者は表立っては有名な人でもないのですが、何か若いころからいろいろな仕事をしてきており、相当賢いらしく、それにしてもそこまで言い切れるものなのかなあ、とも思いましたが、その文言の続きに、「なぜならば、例えばこの本に縁のない人や成功しない人、運の無い人には、この本を仮に謹呈しても読まないだろう」と逆説的に記されていました。

そんなもんかなあ、、と思いながら。ただ、そう書かれてあると悪い気はしないですわね。内容もそういう内容に関するものだったので。

それで、当院のような田舎の弱小クリニックでも、もしかしたらそういうことはあるのかもしれないと、実は内心、思うようになってきました。最近になってようやくそういう気持ちになってきたというのかな。これは私だけの力では決してない、職員や患者さんや地元の協力者さんたちのおかげなのはもちろん、何かしら目に見えないモノを含む全ての総力です。

世の中にあまたある、本やパワースポットや病院のなかで、わざわざか、たまたまか、その本やその場所を選んで訪れるということが、実は何かしらの意味がある、、ということなのです。

幸運とは、それを求める人に、素直に受け入れる心構えと正しい心と努力さえあれば、誰でも与えられるものである。とまあ、そういうことが数々の類似の本には書かれているわけです。

合う合わないという問題もあるので、一概にすべての人にとってこういう法則が成り立つわけではないのかもしれないですが、そもそも、その、合う合わないの問題は、一つには、波動レベル(心身の生命レベル)の差が原因なのだろうと思います。幸運を呼ぶ波動領域に馴染みがある人というのは、似たような場所に親和性を感じ、そこに居心地の良さを感じ、それにより何かしらの良い作用を得るのです。

波動が合わない場合、高い位置にある人ならば低い位置の人にもなんとか融通つけて合わせることが可能かもしれないが、基本的に低い波動のところには以後は近寄れないし、また、低い波動位にある人が、高い波動位の場所にはどうにも近寄れない、ということがあるそうです。

合う、ということは、ある程度の似たレベル同士だから、ということは言えるかもしれない。ただ、そうなると、神社などはどうか。そこへ行く人たちは神の波動よりは当然低いわけだけども、行けるだけまだマシなのでしょう。そして神は真摯な気持ちで来たる者には不快な思いをさせることはないでしょう。

さて、クリニックに話を戻すと、ときたま来る患者さんだが、継続的な治療が必要なのにも関わらず、定期的な通院ができないとか、なにかにつけ遠ざかってしまうというケースが一定の数少ない率ながらどうしてもあります。それはどうしてかというと、単に、私という人間が嫌いなのか?というと、それはおそらく違うでしょう。嫌いなら不定期に受診することすらないだろうから。二度と来ない、で終わりです。

となると、波動の問題で近寄れない、とか、ただ単に忙しいだけ、とか、認知症またはそれに類するレベルか、病識がなくてズボラになってしまう、といういずれかのことになる。

先述の本によれば、運のある人と無い人の違いとは、「努力を継続してできるかどうか」、ということに尽きるとも言える、というのです。正しい考えで、素直な心で、継続的なプラスの方位の努力をするならば誰でも成功するし幸運もやってくる、というわけです。

努力を継続してできるかというのは、つまり、きっちりとした約束やルーティンを忘れずに遂行できるか、ということです。

こういうふうに書いてしまうと、「俺は生活習慣病を持病にもつズボラだけど、いま自覚症状はないし、そういう意味では健康だし(註:こういうのを病識がないという)仕事も家族も蓄えもちゃんとあるけど?」と反論される人もでると思います。たしかにいまはそうでしょう。しかし、人生の終末期になって、いろいろ切ない思いをしなければならなくなる可能性は高い。健康面において、現代の日本ではズボラ=メタボという図式はほぼ間違いなく1対1対応で正しいと言えると思います。つまり、脳梗塞、心筋梗塞、認知症、癌、といった、まだ70歳程度なのに、もうそんな切ない病気で残念な思いをしなければならなくなるし、お金の面でも苦労するだろうし、楽しいこともできなくなるし、そして家族にいろいろ迷惑をかけることになるでしょう。

健康維持に努めることは幸運を呼ぶこととリンクしているわけです。

認知障害や精神疾患で、通院ができない人というのは、残念ながら良い運の道からは脱落します。そしてあまりにも低い波動の状態に縛られて、こだわって、とらわれてしまった状態の精神状態では、仮にほんの少しは現状の自覚症状を改善したいという気持ちがあっても、そのアクセルを踏みながら、ブレーキもそれ以上に強力にかけてしまっていることに陥りやすい。

これは動いていないのに無駄に燃料を浪費するようなものであり、不自然な状態なのに生命をロスするから疲れて仕方ないということに結果します。

いつもここで書いていることですが、ちゃんと定期通院している限り、何かしらの改善はみられるものです。もちろん、老、病、死、というのは人間免れないので、いずれは終わりや悪化するときは来るんだけれども、それまでのプロセスがそれなりに幸せ状態になることはそれなりに可能なのです。

アクセルとブレーキを延々と両方踏み続けているとは、具体的にどういうことを指すかというと、治りたい気持ちがあるのに、それに対する治療を拒否する、ということです。その割に、あれやこれやと無駄な頭の回転だけを1日ぐるぐる回している。そしてなぜそうなるのかというと、これもいつもここで書いているように、その人がそうなってしまった元々の原因である相手や対象(たいていは人間)に対してアピールしたい気持ちがあり、自分の精神が薬や治療で治ってしまったなら、その相手にあてつけることができなくなるからなのではないだろうか。ただし、そういうこだわりが長期間続くと、不可逆性の器質的脳疾患である完成された精神疾患や認知症になってしまい、完全にもとにもどることはできなくなるでしょう。アルコールを長年飲み続けたら不可逆性の肝硬変になることと同じ。覚せい剤で脳に傷がついたら元通りにはならないのと同じことです。

もし、治ってしまうことが自分にとって不都合であって、その病気の原因が相手にあるのであれば、本来はその相手と正面から話しあうことが必要でしょう。それができないからたいていは現状の症状があるのであろうから、そこは病院治療と同時進行でも少しずつ進めていったらどうか、と私は思うのだけれど、何度も言うように、そのいずれもができず囚われた状態としてニッチもさっちも動けないのでしょう。

病院といえど、助けてあげたいけれど、通院をせずにそのような心身状態の人を助けることはできません。これはほぼ断言してしまって良いだろうと思う。それにより非難されるようなことが仮にあったとしても実際どうしようもないのだから仕方がない。

少しずつ、通っているうちに、薄皮をむいていくように徐々に良い運気が得られるようになる、というのが治療というものだろうと思います。そして体調が良くなれば運も良くなってくる。

それの治療や通院が、別に、当院の、私という医者に、でなくたってなんら構わない。どこかで何かしらの適正な治療を受ければそれでいいんです。それができるかどうか。そこが、つまり、努力がコンスタントにできるかどうか、本当に改善したいと思っているのかどうか、ということ次第なわけです。

最近では私はもう「根本的にとか、本質的に治してあげよう、とか思うばかりが相手にとっての望みとは限らない」ということを理解しつつあります。つまり、いろいろな事情や都合があるということに少し理解を広げつつあります。ただ、それが正解かというとそうではなく、60点でもいいか、という妥協です。その人にとっては、客観的にみれば60点なんだけど主観的には100点とは言わないまでも90点くらいのつもりなんだろうな、という。その人なりのステージやレベルがありますからね。逆に120点を目指そうとかいう徒労の人には上限100点で良いんだよと誘導するのもまた一つの医療ですね。現代医療のレベルの限界というのもありますから。

しばらく遠ざかってしまった、とか、私と顔を合わせることは避けたい、という人は、ご自身の波動レベルを見つめてみたら良いと思います。ときには自然を見に行ったりして生命の状態を顧みると良いと思います。私はあくまでもあなたの鏡として写すだけのことです。ただし私自身の個性も加味されますけどね。

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.19更新

てんてこ舞いといっても、喜びの踊りということではありません。慌ただしくて忙殺されるという意味です。

何かにつけ年度末は忙しいという人、多いのではないでしょうか。

私なども、ときとして仕事がバタバタとたてこんで、あれやこれやと頭ん中が爆発しそうになることがあり、そういう1日をなんとか終えたあと、おそらく普通には寝入ることができないだろうと思う夜は、やはり、このところ日課にしつつある夜のジョギングをすることが、くしゃくしゃになった頭脳をカームダウン(calm down)させるのには一番有効だと思います。

同様の効果をもたらすのが漢方では抑肝散になりますが、夜のゆっくりジョギング1時間には、単に精神緩和の抑肝散的な効果以外にもいろいろ良い効果がありますので、時間や体力に余裕があればやはり運動の方をお勧めします。当たり前ですが。(ちなみに、抑肝散には西洋薬にある抗不安薬のほとんどを占めるベンゾジアゼピン系薬のような、脳神経へのダメージを来たさず、むしろ神経修復作用があることが動物実験で判明しています。)

運動、運動、また運動。

ただ、この時期は花粉症がひどいので、マスクもなしでランニングはどうかなと思いつつも、マスクはほぼ誰もいない夜のランニングでは不要だし、やはりちょっと鬱陶しいということもあり、マスクなしです。となると、アレグラ程度では物足りないのですが、最近はそこに加えて漢方の小青竜湯を追加しています。するとあらどうでしょう。かなり快適です。アレルギー由来の咳ぜんそく様症状も消失。小青竜湯にはプソイドエフェドリン様成分が含まれているから鼻閉や喘息症状にも有効なんですね。ありがたやありがたや。

なにか、数日前には、黄砂の嵐がやってくるとか聞いていたのですが、意外に大丈夫な感じで、ニュースにだまされた感。

ともあれ、いろいろごちゃごちゃした頭の中をスッキリして眠ることができました。体重もあと1kgがなかなか減らない状態なので、間食を減らして毎日運動してなんとか減らそう!

ちなみに、昨日の愛知池は風もなくしずかな三日月(より太いけど)夜で、何人か同類のランナーがいましたね。。

以前黄色い色の照明だった箇所がLEDの白色光に変更になっています。これは先週からのようです。

昨日定期受診された患者さんはバドミントンをやっているとか。すごい人もあるものです。球技は、持久力、瞬発力、スタミナを培い、また、たいていはチームプレーですから社会的フレイル対策にもなり、かつ、動体視力や反射神経を鍛えるため、自動車の運転機能劣化の予防にもなり、大変に良いスポーツだと思います。

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.18更新

最近の症例ですが、日帰り手術でいつものように眠る麻酔を投与したのに、なかなか通常の量では眠らない人がありまして。

この患者さんは普段からかなり覚醒度の高い人なんだろうなと思いましたね。つまり賢いとも言い換えられる頭脳を持っているのだろうということ。

 

それで、麻酔の効きとかとは別問題ではあるのですが、そこから連想して、覚醒度、ということに関して思いを馳せ、現状の自分に置き換えて考えてみるに、勉強というか読書とかは、地味に一昨日と昨日とで3冊の本を読みとばして(中身がやや薄かったせいもあるが)終わったり、それなりにこなしているのですが、どれだけ自分が潜在的能力をいまだに全然開花させれていないのかを鑑みるに、なんとも情けなくなりました。

つまり、自らのハイヤーセルフがどうにもまっとうに機能してない。もしくはそれが一所懸命働きかけてるのに、自分が何かしらブロックしてしまっているかのいずれかか。

 

現役世代としてはもうすでに後半に入っているというのに、、。このあたりが目下のところの最重要課題と認識しているところです。

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.18更新

ただいまショップサイトの更新作業中の三本木サプリですが、そこで当院で扱うサプリメントがすべて購入できるようになる予定です。

それに先立ちまして、インスタグラムを開きました。

表題にあるように、sanbongi clinic supplement で検索するとでるのかな?と思います。

もしよろしければご覧ください(ただ、まだショップサイトへリンクするボタンはありません)。

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.18更新

例えば愛知池1周すると、体重によりますが仮に70kgの人ならば500カロリーのエネルギー消費となる概算になるそうです。

そんなに?と思うのですが、一方で、ちょっとした菓子パンとかハイカロリーのお菓子は簡単に500カロリーほどのエネルギーを有しています。

となると、、せっかく運動しても同じだけたべちゃダメなんです。

しかしそれでもなお、まだ、運動するだけマシなんですね。つまり差し引きゼロになるわけだから。年をとるにつれ、楽しみというと食べることがかなり大勢を占めてきますから、食べる楽しみを得ようとすれば、そして健康的であろうとすればやはり運動。運動が必要となるわけです。

まだまだコロナの問題は続いています。首都圏でも自粛解除となり、変異型ウイルスもどんどん蔓延してきます。その一方で、ワクチンは届かないわ、オリンピックは相変わらず開催方針のまま撤回しないわ、で、日本全体がパンデミック感染の嵐にどんどんさらされるし、外国人がどんどん流入してくるため、多種多様なウイルスも一緒に侵入してきてこの国を踏み散らかしていくことになるわけです。

そんななか、どうやって、とくに70歳以上のリスク世代が生き延びるか、というと、まさに健康的な運動が大変に重要なわけです。肺活量がしっかりしていれば、そして同時に運動で鍛えられる心臓機能もしっかりしておれば、万一感染して肺炎だの呼吸器沙汰になっても、なんとか耐えて復活できるわけですが、そうでないとあっという間に死が待ち受けることになりかねないわけです。

以前のブログでも紹介しましたが、コロナ感染者数の多い国と肥満体型の多い国とは明らかにオーバーラップしているので、普段の生活でちょっと歩くだけで息切れするような人は、老人はもちろんのこと、若い人であっても容易に呼吸不全に陥る羽目になると思います。

「自分は肥満で運動不足だけど、血液検査が正常だから心配ない」と安心している人などは、かなり楽観的すぎるその考えを改めたほうが良いと思います。

とにかく運動だということで、私も先週末からはかなり有酸素運動をほぼ毎日やるように試しています。その代り、やたらに腹が減るんですけどね。午前中の外来などは11時半すぎてからが何故か一番混み合ってくるというか、一気に患者さんが受付されることが多いので、一番ツラい時間です。かつ、そういう駆け込みの患者さんの中には手間暇がかかる初診の人とか、長い話になりかねないケースのことがありがちだったりしますので、常連の方々にはそのあたりを汲み取って受付していただけるとありがたいです。その時間帯がもともと空腹満腹関係なしに一番要注意なんですよね、実際の話。。

運動をすることは脳の機能にも良いことが分かっているし、いろいろな意味でのフレイル予防になります。そして体力があることは、あらゆる意味で仕事でも遊びでもなんでも、余裕が生まれます。これはどの職種であっても言えることだろうと思います。高齢かつ太ってしまっている人は、1日にやることがかなり少ないにも関わらず、「今日は忙しい」「今週は忙しい」「今月は忙しい」とか言われます。詳しく訊くと、たいていそういった場合でも、平均すると1日1件程度の外出用事があるに過ぎないんですが、それ程度でも、月一にしか過ぎない病院への通院をサボタージュする言い訳に使われるのですから、日頃からいかに運動をして、テキパキと動けるようにしておくことが大事かが良く分かります。人生は老齢になればなるほど残り少なくなります。1日1件の用事をこなすだけで終わるなど、もったいないと思いますけどね。

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.16更新

この時期にもう。早くも?!

黄砂らしいんです。

今朝の報道によると中国では視界遮るほどの黄砂の嵐が舞っているということで、しかもどうやらその黄砂は中国モンゴルの砂だけでなく、中東からのものまで含まれていることが示唆されている(九州大学理学部の竹村教授による記事にて)というから、道理で毎年のパターンに合わないわけだと納得したりしてます。

過去10年で最悪なほどのレベルだそうです。どういう気候原因による結果なのでしょうかね、、。コロナは流行るし、黄砂は地球規模で悪影響か。

 

にしても、花粉症としては個人的には全くもって、ヒドイ。

 

昨日も30分ほどだけ勾配のある近所をジョギングしたのですが、夜中からひどいことひどいこと花粉症が。目も当然症状あり。というか、これ、ジョギング関係あるんかなと思うほどに、どのみちちょっと外気を吸うだけでももうダメなんじゃないかと思うほどですわ。

そのうち水泳用ゴーグルとかが必要なほどになるのかもと思うほどですが、そんなの鬱陶しくてやってられませんよね。変な目で見られるだろうし。。かといってよくある花粉からの防護用の眼鏡だと中途半端でたいして効き目なさそうだし。

先週が雨降って、雨上がりに結構な西風がどんどん吹き込んできて、あっというまにカラッカラの乾燥状態。日本列島なんぞ地球規模からみたら小さい島だから、簡単に何かしらの影響をすぐに受けてしまいますね。地震しかり津波しかり台風しかり。

単に花粉にアレルギーを持っているというだけでなく、やはり黄砂などのハプテン(担体。まだこの用語は死語になってないのか分かりません)との相乗効果でもって花粉症状がひどくなるんじゃないかと私の症状に関してはとくに思います。私以外でも今年は目の症状がキツイという患者さんが多いのは間違いない事実です。

いつもなら5月とかそのあたりにこういうことがあるんですが今年は何もかもが早すぎますね。遅いのはコロナワクチンの供給、、、、。いまだに医療関係者の我々ですら全然お呼びがかかりません。名古屋市内のとか、それ以外でも基幹的となる大きな病院などでは1回目の接種がなされたとかいう話もありますが、3週間後に2回目の接種ができないんじゃないの?という話もあります。

もうどのみち医療関係者で、しかも毎日かぜ患者とかたくさんみてる内科系開業医とか、最高に強いのは小児科開業医でしょうけれど、そういった町医者などはワクチン打たなくてもいいような免疫を持っているだろうから、もうどうでもイイワとすら思っていますけれども、高齢者さんらは心配なことだろうと思いますよ。

結局は街なかのほうが感染しやすいだろうからということで優先順位とかある程度あるんでしょうね。仕方ないですね。

 

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.15更新

数日前、ネットの記事で、あるおばちゃんのところに、野生のカラスが来るようになって、ときに言葉をしゃべったりして、10年も交流していたという話をみたのですが、、

奥さんができたとき2羽であいさつに来て、子供が生まれて巣立ちの時4羽であいさつに来て、その後は1羽で、という具合だったのが、10年も経つとさすがに寿命となったのか、死ぬ間際のボロボロの状態になったときにまでも、最後挨拶に来たというんですね。

カラスは賢いといいますが、一体どういう理由でそこまでのことにまでなるのか本当に不思議なことです。

 

海外では似たような話が野生のリスでありました。これは動画で紹介されていたものです。この場合にはリスがケガをしていたのを介抱したことを契機に、嫁さんができたとき、子供らが生まれた時といったように挨拶に来て、以後もちょくちょく遊びに来るという話でした。

 

カラスのカンちゃんの話ではそういうケガの介抱といったこともなさそうでしたが、不思議なものです。うちのクリニックにもスズメの集団やら、セキレイの夫婦やら、毎年2回ほど営巣するツバメの一家やら、いろいろなのが来ますが、どれといって挨拶してくれないんですけれど。ツバメなんか、相当に世話になってると感謝してもらわにゃならんはずなんですよ。「こんにちわ。毎年お世話になっております。」とか言いながら手とか肩とかに乗ってきて挨拶してくれりゃ、世話のし甲斐もあるというもんですに。

 

聞き耳頭巾のような話が現実として体験できたら楽しいだろうなあ、、と、いつも野生動物をみる度に思います。

家で飼ってる犬ですら、エサと散歩のときしか大して反応しませんからねえ。私には。

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.15更新

1~2kgのリバウンドを、目下のところ、課題にしております。

週3のランニングは一応継続しておるのですが、どうも食べる量が増えている印象があります。

運動してるから良いか、という気持ちがどうも気の緩みにつながってしまっているのでしょう。

それででしょうか、この土日は連日ランニングしたのですが体が重く感じて仕方がないです。

ただ、日曜は息子と一緒だったので一人で走るよりはペースが上がりますけれども、汗だくになって皮膚とかパサパサになるわりには、体重が減らない。

ある程度まとまった体重減少が固まると、基礎代謝が低減するのでしょうね、だからいままでどおりの食事だと太りにつながるということだろうと理解しています。日曜の日中はほとんどデスクワークの雑用で、ブログ本の編集作業含むパソコン作業と、読書と、カンファレンス資料作りで、肩凝ってしまいました。普段乗らない旧車にたまに乗ったらそれがひさびさに不調になったので、修理に持って行って、帰りは電車で帰宅した程度の歩行しかしておらずなのでやむを得ません。それで夜、食後の苦しいランニングにつながるのです。

ともあれ、読むべき本が2冊まで来ましたが、その2冊がまたそれまでのスカスカ本と比べると古典的資料なために大変です。さらにまた、昨日読んだ本からまた古本で買うべき本が2冊発生して注文したところなので、都合4冊の残りとなっています。

優秀な人は大抵、その内容は不明なれど、とにかくすごくたくさんの読書をしておられます。私はそこまでには到底及びませんが、年間60冊以上は読んでると思います。年間360冊とか読んでるという人に言わせれば少なすぎでしょうけれども、、。最近ではあまり読みたい本や内容の充実した本が少ないので、ちょっと残念な面もありますが、医学以外の内容の本が圧倒的に多いですね。

さて今日からまた月曜です。ボチボチと頑張りましょう。

投稿者: 三本木クリニック

2021.03.14更新

今年の3月11日は東日本大震災後、満10年でした。

テレビやネットの報道では、多くが東北支援の話や悲しい思い出の話が主だったように思います。

そんな中、その日、今年の3月11日ですが、往診で移動中の車で、たまたま、夕方のNHKのラジオをつけたら、福島原発の事故の現状を説明する専門家の人と、アナウンサーとの、電話でのやりとりを放送していたので、いまどうなってるんだろうかと思って、聞いたのです。

それによると、震災後、もう10年にもなるのに、いまだに毎日160トン(具体的数字については一瞬のことだったのでもしかしたら間違っているかもしれませんが、とにかく何トンという規模)もの汚染水が発生し続け、それを海に廃棄するわけにもいかず、ただ単に臨時の貯水タンクにためるだけのことしかできていないというのです。

その貯水タンクがもう1000基にもなっているという。おそらくタンクは巨大かつ堅牢な建造物であることでしょう。それが1000基。それは今後も延々に敷地の許すかぎり作られ続けるんでしょうか。

一番の問題であるところの、原発の炉芯を根本的に処理することがまったく手つかずの状態で、今後、それをどうするかの検討さえほぼ何もされていないという。

 

復興大臣は何をやっているのだろうか?

 

そもそもなぜ毎日160トンもの水が建屋に入り込んで、わざわざ放射能に汚染されてしまうのかというと、地震でくずれた地盤により、周辺から流入してくる地下水によるものだそうです。炉芯の溶融を防ぐために水で鎮静しつづけなければならないことを、まるで自然が意図的に協力するかのように大量の地下水が流れ込んできているという、、。それも10年間もの間、延々と。

 

かつて、その地下水の流入を防ごうということで、周辺の地盤を凍らせようなどという、「は?何その案?」レベルの荒唐無稽な案があったそうですが、素人が考えても当然無理だろう案で、実際、ちょっとやってみては見たものの、全く効果がなくあっさりと断念して、すでに数年経過しているようです。

電話出演された専門家によれば、巨大な堀を作成して、周辺からの地下水の流入を防ぐという策を提案していましたが、地下水の出所、深さをどこまで把握して、どの程度までそのお堀を深く掘って造れば目的を果たせるというのでしょうか、それもなかなか厳しいように思います。あくまでも素人である私個人の考えですけれど。

バラバラになった炉芯をすべて安全に回収するには、人型ロボットを遠隔操作するとかでもない限り、とてもじゃないが無理だというほとに、放射能がダダ漏れだというのです。人型リモコンロボットって、、100年後にはそういうの、作れてるのでしょうか。

こういう事実を、一般のテレビや、いまやネットでも通常のニュースでは、私の知る限り、一切報道していません。ただただ感傷的な話題ばかりを流しているだけのように思えます。将来のために、いま喫緊の問題として、何を直ちにやるべきかが、議論すらされずひた隠しにされ、全然進んでいないまま放置されていることを、オリンピック云々の前にもっと国民全体が知る必要があるように思います。

実際、こういうことがこうだからといって、知ったからと言って、じゃあ何かできる?わけでもないですが、解決したいという意識をどれだけの人たちが共有するかということがまずあってから、問題の解決に道筋ができるのではないかと思います。だから、ただ何も自分ができないから、発言しても意味がない、という風に思うよりは、自分が発言できる場で少しでも誰かに実情を伝えていくことくらいはやってもいいんじゃないかと思った次第です。

福島の近海の漁獲海産物については、いまだに15か国が受け入れ拒否しているそうです。実際には汚染水が回収しきれずにある程度は海に漏れているにせよ、地球の海という広大な希釈力によって、ほぼ検出レベル以下になるのだろうにせよ、心情的にはどうしてもそうなるだろうなということは理解できます。そこに怒っても仕方ないことです。それは差別とかとはまた別の問題でしょう。そして、貯水タンク方式もいずれ限界になるだろうから、素知らぬ顔してスカシっ屁のごとく海洋に放出する案がでて何年も経過しているようですが、当然ながら地元の人たちは拒絶しています。もともとこの原発の電力は、福島の人たち用のものというよりは首都圏の人たち用の電力のためのものなわけで、当の首都圏の人たちはそのことを一体どう思っているんだろうか。知らんふりにもほどがありますわね。

チェルノブイリはいまだに死の町となっているままのようですが、かつてそこではどのようにとりあえずにせよ対応しいまどうなっているのかを、コウベを垂れてロシアに教わるとかのことくらいは政治家などはしてもよいのではないかと思います。もちろん、ロシア側も、見返りを求めるなどということは無しに、地球環境を協力して改善するために何かしらの経験からの知恵があるのならば提供してほしいです。

 

それにしても不思議なのは、たまたま聞いたそのラジオ番組では、話を聞いていたアナウンサーは思うに60歳くらいの声の男性でしたが、福島の現状についても、また、今後どうしていくかの委員会や会議すら未定のままになっていることを、その電話のやりとりで初めて知ったようでした。そのやりとり、たったの5分程度でした。

ラジオ番組って、、事前に内容を知っておいてから、つまりある程度予習をしてから、放送したりするもんじゃないのかなあ?、その上で、どうするべきなのかとかの意見があって、初めて報道の意味があるのだと思うんだけど、まるで普通の素人がたまたまラジオ番組を軽い気持ちで担当して、たまたま専門家と初めて電話で話した、といったようなやり取りでした。いい年した大人の、かつ、プロのアナウンサーが。それも何か変な話です。

 

そして、内容があまりにも重大の割には、そこに充てた時間はというと、たった5分。その程度のやりとりが終わり、そしてその後に続いたニュースは、学校給食のメニューが、この日は東北支援という名目で、東北の名物などで占められたという、何とも言えない内容でした。たった1日の、給食献立での協力?とでもいうのか?、まるで、子供の日かひな祭りか、のようなホンワカした扱いの感覚に異様な違和感を覚えた次第です。

 

 

投稿者: 三本木クリニック

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