院長BLOG

2021.08.24更新

日進市から連絡があり、9月上旬の分以後はコロナワクチンの予約を受けないようにとのことです。

デルタ株の蔓延により、そろそろ若い世代がどんどん接種すべきステージに入っているのですが、意外なほど様子見姿勢の人たちが多いのが不思議です。夏休み中に済ませておけば良いのにと思います。

ただ、そんな中、今度は9月後半からの分が供給されなくなる可能性がある、という通達が日進市から入りました。

それにより、当院は9月11日実施分の予約済みの人たちから以後は予約受け入れを一時停止としました。

そこまで極端に中止させられるのもどうかと思うのですが、供給元は国であり日進市保健センターですから指示に従うしかありません。

なお、かかりつけ患者さんであっても、日進市市民以外の患者さんで、指定の基礎疾患が無いという人については日進市独自ルールによって、ワクチン予約受け入れができない状況は変わりません。

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.23更新

ハトのさえずり声を聞いた日は以後安泰、という法則が自分の中であります。酉年生まれだからか?

ともあれ、昨日は午前からそういう日で、蒸し暑い日ではありましたが、昼過ぎから愛知池を歩きました。

すると、なんと、当院トップクラスのサポーターのIさんと出くわしました!

ありがたいことですわ。

コロナコロナと、うっとうしいストレスフルな昨今、こうやって、ときどき励ましてくれるような出来事が発生してくれます。

その後も1日、確かに安泰な日曜日となりました。

その前の土曜日がなかなか仕事がハードで、空腹かつ頭は飽和状態でそのまま午後の仕事に突入、夕方にやっと仕事が一段落となり、そこから愛知池を2周走ったのでした(約15km)。

運動にはランニングを必ず入れると良いと思います。それがすべての心身を改善してくれます。頭の飽和状態も本当に緩和してくれました。昨日の日曜は歩きでしたがそれでも汗びっしょりになりましたね。汗をかくことはデトックスですね。

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.21更新

いつぞや、70歳過ぎの女性患者さんが肛門の症状で受診されました。

本人は薬だけ欲しかったようですが、当然ながら病態を把握するために診察は必要ですので、いつも当院で行なっている、羞恥心に配慮した必要最小限の視野での診察をしました。

それでもその際、かなり嫌がって恥ずかしがられて、「若いのに、お尻をみられるなんて恥ずかしいわ」と言うので、その「若いのに」という言葉は、「若い人に見られる」という意味なのか、本人が「若い」という意味なのか、どちらかなと思っていると、どうやらご自分のことを「若いのに」と言っておられたのでした。まあ、笑い話として良いでしょう。

 

以前、65歳くらいの高血圧の持病がある男性患者さんに私が「年配になるといろいろ血圧だの異常がでてきますからね、、」と話したところ、「私は年配じゃないけどね」と返されたことがありまして、「失礼しました」と返したのですが、、びっくりです。ちょっとこれは笑えない。

 

このように、ご本人が、自分で自分のことを、若い、とか、年配じゃない、とか思っているのは大いに結構なことですし、それは自分の世界のなかでそう思っていたり、親しい家族や仲間うちでの会話でそういうには、何にも文句もいいませんよ。ただ、一般常識的には70代は若い人、では決してありませんし、65歳は充分に年配者です。高齢者と言われないだけ配慮されているんですよ。第三者の客観視はそれが当たり前です。

 

それが分からないんで。現代人は多様性をどんどん許容して認め合おうという流れは広い意味では賛成ですが、ある程度の常識的な範囲というのは共有して頂きたいと思います。本人ご自身はご自分のことを「まだまだ若いつもりだ」と思っているのは自由だけど、傍の人、知らない人からその年齢を知ったうえで見られた場合、一般常識ではどう言われるのか、どう思われるのか、ということは、感情では理解できなくとも、知識というか、一般常識としては理解していただきたいものです(本当ならこんなこと、わざわざブログに書くような話じゃありません。そういうレベルの話)。

さもないと、はっきり言って、還暦もとうに過ぎて、「前期高齢者」というカテゴリーになっていて、見た目も特別若いということでもなく普通それなりの外見であっても、なお年配(年輩)という言葉(若輩の反意語なので、敬意を含んだ言葉だと思うのですが)を拒絶したり、70過ぎても、明らかに自分より一回り以上年下の他人相手に対して「私は若いから」という主張をするのも、第三者からすれば、混乱してしまう原因になります。

価値観は自由ですけれど、一般的にはどうなのか、ということは理解したうえで、いい大人というものは発言していただきたいものだと、最近、とみに思います。

総理大臣ですら昨今はかなり頭脳レベルが低下しているし、偉い立場の大人が自分の発言や行動の責任をちゃんととらないことがずっと続いていることと、決して無縁ではないと思っています。

何でもアリかよ!?と。

(明らかに病的な肥満なのに、いまだに「ぽっちゃり」というごまかし言葉で表現される風潮が続いているのも同じような例です)

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.20更新

睡眠薬は用法用量を正しく使用すれば、本来ならばさほど害はない、という精神科医師の意見もありますが、過量服用の危険性は常にあるし、薬物依存の問題は無視できないし、横流しによる密売の商材になっている問題もあるし、一方で、依存性が無く継続的に処方ができる薬剤の種類は少ないです。

それで、できれば当然ながら、睡眠薬からの離脱をお勧めするのですが、その離脱に必要な方法と時間についてここで私の意見を提案します。

 

1.朝10時までの朝日、日光を浴びる。野外にでて軽い負荷レベルで体を動かす。昼間の時間、日光を浴びながら何かしらの作業や運動をすることは必須。

2.仕事や学業など1日が終わったら、夕食後1時間後くらいから1時間程度のジョギングをする。最初のうちは頻度や時間などは軽いものから開始し、最終目標は息が切れるくらいの負荷で1時間。最初のうちは良いけれど、最後の目標はウォーキングでは不足。

3.家族や友人など、誰かしゃべり相手を確保し、電話やメールでなく、実際に面会して相談や不安を吐露する時間(ただし愚痴は短時間に控える)を設ける。

4.漢方薬や依存性のない安全な眠剤を用いつつ、眠れない日々が続いたとしても、とにかく依存性ある薬剤については2週間の断薬をする。

 

といったところです。2週間頑張れば、とりあえずは睡眠剤からは離脱できます。その2週間が耐えられないという精神状況やストレス状況であれば無理なチャレンジは強制しませんが、鎮痛剤依存性の習慣性頭痛も同様のことが言え、2週間の断薬によって、それらの薬は不要になります。離脱には苦痛を伴います。その苦痛を乗り越える、という意志があれば可能です。漢方薬を併用すれば苦痛をかなり軽減できるはずです。

ちなみに、1日くらい眠れなかったとしても、翌日は大抵眠れますから、かならずしも毎日ちゃんと眠らないといけない、などと思いこまないほうが良いです。

 

ただし、こういった、向精神薬からの卒業作業は、医師の管理監督のもとで行うべきであって、ことに、抗鬱剤の突然の自己中止は絶対にしないでください。

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.20更新

当院では禁煙外来を受け付けておりましたが、治療薬であるファイザー社のチャンピックス錠の製造中止にともない、受け付けを中止しております。

供給再開となりましたらアナウンスいたします。

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.19更新

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個人的には野菜ジュースの方が好きですが、トマトジュースでも健康のための機能性を持っていますね。野菜ジュースにももちろん同じ効能が記載されています。

軽い高血圧の人がトマトジュース習慣で降圧剤から解放されたという事例もあります。完全に薬から解放されないレベルの患者さんでも、強い薬から弱いのに替えれる可能性もあります。運動療法が一番良いし、メタボ体型なら痩せること、痩せた人なら筋肉をつけることも治療になりますが、こういうのもありです。甘くないやつが良いと思います。塩分は可能な限りゼロのものを。

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.19更新

ウツにもいろいろありまして、

眠れないタイプとだるくて起きれないタイプと。

 

夜も眠れて朝も起きれなくて、というタイプはまだマシです。せいぜいセルフネグレクトにならないように朝の光を浴びて多少散歩したり、食事と運動をしておこう。

 

眠れないタイプが大変なんです。これはそれなりに眠れる治療を受けた方がいいです。もちろん、適度に肉体を疲れさせる運動は必要です。そういう運動療法ができないうつ病は多いはずです。で、そういう場合には眠剤のいろいろ(漢方もあるし)を用いましょう。

 

自分の経験でいうと、同じ距離を運動するにも、歩くよりは、やはりジョギングして走るほうが効果的です。歩くというのは、最小限のロスで遠くまで行く手段ですから、それは一番疲れない運動なんですね。だから歩くよりは走るほうが断然効果的となります。水泳が運動高率が一番高いというのと同じことです。

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.19更新

明るいうちは愛知池も走りやすいので、水曜日は夕方前の時間に走りました。

このところ激しい雨が波状攻撃のように降り続く日々ですが、昨日のこのときは、ちょうど雨が降らない時間帯で、例によってトボトボ走り。

後半に差し掛かった頃、ある人に声かけられました。

ああ、患者さんのご夫婦だと。オシドリ夫婦。

自分にはこういう素敵な仲間がいる、と再認識した次第です。

味方はたくさんいる。

いま、世間では有名人がやたらと叩かれすぎる風潮にありますが、匿名でやたらと(しかも何の意味にもならないSNSで)攻撃する人たちに言いたいのは、その有名人て、あなたに何か悪さしましたか?あなたの生活になにか苦痛を与えましたか?ということです。エエカゲンにしとけよと。

味方のほうがたくさんいるんです。それ以外のほとんどの人は無関係な人です。どうでもええんです。

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.18更新

正しいことをしていれば必ず報われる。

最近はそういうことを強く考えています。

病院は治療をするところであり、治療につながらない提案はしないので。

私ができることは、誰がどう思おうとも、私のキャパの範囲の中でやれることを、きっちりと一人一人の患者さんに提供することです。

日帰り手術や、イボホクロ取りや光学的美容医療などの処置も当院ではさも簡単なように行なっていますが、実際には他院でそうそうできるような簡単なものではないのです。ホクロ取りだって、なるべく小さい傷でしかも再発率をかなり低く抑えているのは自慢して良いレベルです。大きな傷で切除すれば再発はそれはしないですが、顔に大きな傷をつけたいですか?嫌でしょう?そのギリギリのせめぎ合いのところで勝負しているのです。

鼡径ヘルニアや肛門疾患における日帰りでの麻酔手術も、当院ほど短い滞在時間で帰宅できる院所は全国的にみても相当少ないと思います。多くの患者さんは一度しか、一ヵ所の院所でしかそういった手術を受けないから比較できないから分からないでしょうけれど。

なんにせよ、いろいろな治療手技の蓄積されたノウハウというものはそうそう簡単なものではないことだけは、たまにはアピールさせていただきたい。その価値がどれだけ分かってもらえるのかな、と。

 

予防医療もそうです。価値が高い医療なのです。何事も起こらないように事前に対処するというのが政治でも治療でも最善なわけですが、、それってありがたみとしては分かりづらいですよね。しかしそこを勉強して想像できるのは人間だからできることなのです。

コロナに感染したという60歳代や50歳代の中高年が自宅療養中に救急車を要請するも断られ続け、死亡したという事例があとを絶ちません。この年齢層はもうずっと以前に早い段階でワクチン接種ができる順番だったはずですが、素朴な疑問として、彼ら(死亡した)はワクチンは受けていたのだろうか、と。救急車の対応や受け入れ先の欠如の問題、オリンピックの強行、それに反発しての感染対策上危険な行動、など、いろいろな問題はあるだろうが、ただ断られたとか放置されたとか、たらいまわしにされたとか、そういうことだけをクローズアップするよりは、ワクチンはどうだったのか、という情報も併記する必要があると思います。これだけ玉石混交ともいえるさまざまな情報が交錯していると、正しい情報とそうでない誤情報とを選別する能力が必要とは思うが、一般的にはワクチンを打つことによって回避できることは常識でしょう。それを、自らの意志で、接種しない、ということならば、感染してもそれは自己責任ということにならないだろうか。

現在の世の中の医療事情というものは、生きる自由権利もあれば、死ぬ自由もある、というものでありましょう。いつも私が言っているように、健康診断を受ける権利もあるが、受けない自由もあるんです。病気を回避できる方法があり、また、早期に治療できる治せる状態で見つかる方法があるにも関わらず、それらを拒絶しておいて、いざとなってから泣きついたり被害者意識を持ちすぎるのは常識的観点からいって、いかがなものかと思います。

予防医療というものは本来そういうものです。いつも言うように、人間だけが想像力を働かせて他人をみて将来の行動を選択できる動物なのです。

例えばワクチンを打つでも、注射は痛いからとか、副作用が心配だからとか嫌だとか、そんなことをいっていてはその恩恵にあやかることができません。例えばイボの治療一つとってみてもそうでしょう。乳幼児の足裏に発生したイボの場合、大人のように、痛い液体窒素や手術切除治療を最初から選択することはできません。その場合、飲み薬だったり、外用治療だったりを提案するのですが、外用治療もうまくできませんわと、そして内服はどうかというと、粉薬だとダメだとか、錠剤だとダメとか、苦いとダメとか、漢方はダメとか、やってみることもする前からそのように宣言されてしまうと、医者としては、何とも治してあげようがない、ということになります。いったい、この患者さんは病院に何をしに来たのかと尋ねたくなります。若い親であっても、良薬口に苦し、という言葉くらいは知っているでしょう。美味しいお菓子が薬であって、それを食べ続けていれば病気の治療になるなどということはありえないんです。かりに甘い薬だったとしても、毎日の服薬となるとどのみち苦痛になるでしょう。痛くない治療をして治らない場合には、やはり痛い治療に移行せざるをえないことだってあるのです。

こんな、言ってみれば当たり前のことをわざわざ何度も何度もブログに書かないといけない現状があるのです。つまりそういう啓蒙活動を毎日のように繰り返さなければならない現実の患者さんたちの姿勢というものがあるからなのです。

ワクチンも予防医療です。このありがたみを想像できない人間は後悔するのです。コロナの副作用がかりに出たとしてもそれはよほど高齢者でなければ重篤な副作用の確率は現状ではほぼゼロと言っても良いほどに相当低いものになっているし、いわゆるアナフィラキシーであればすぐに発症するし、そのために待機時間を設けている訳で、それにより適切に対処できるので治療は容易です。

 

投稿者: 三本木クリニック

2021.08.16更新

8月15日は長久手まで出向いて、予診係の仕事をしてきました。8月9日は休日診療所の当番仕事もありましたので、臨時業務が多いお盆でした。

この日の長久手の会場の接種は1日で400名ほどだということでした。3名の医師態勢での予診でしたので、比較的暇な状況。

実際に接種する作業は看護師という、これ、集団接種会場では当たり前のようになっていますが、なんとも不思議なことです。

ワクチンはいわば毒ですからね、治療薬とは違うので、そういう意味では実際に副作用もコロナワクチンの場合高率に生じるようですから、なおさら医師が担うべきだと思うのですが、なぜかそうならない。医師の指導の下、ということになっているんでしょうけれど、どうも腑に落ちない。予診のときの医師署名は私とか他の2名の先生もおなじように同じ場所に記載するんですが、実施した医師の署名欄には誰が誰の医師名を記入するんだろうか。実施したのは看護師だし。これが分からない。責任の分散状態甚だしい。これ、おそらく長久手だけでなくどこの市町村でも集団接種会場では同様でしょうね。

ともあれ、単純作業として予診仕事をコツコツと続け、なんとか終わりました。イメージとしては税関職員みたいな。

長久手では集団接種会場は、さほどニーズが無い、ということのようで、予想に反してですが、9月いっぱいまでこの会場での接種を行う予定だったのが9月のはじめごろで閉鎖となるとのことです。日進とかとちょっと違う印象ですね、、。これから若い人の接種が増えてくると思うんですが、どうなのかな、、

とにかく、これで私のお盆休み週間は終了です。

この期間も毎日ランニングしていました。雨が多かったのですが、雨の中でもいやいやながら走る、というわけです。雨ザーザーでも、昼間の愛知池はまだ気楽ですよ。蜘蛛の巣にやられることがないですからね。夜はダメですわ、やはりね、雨降ってなくてもやられます。昨日も夜は一時雨がやんでいたのですが、その隙にクモが頑張るんだなあ。

体を鍛えることが精神も鍛えることになる。体が丈夫で動けるならば、生活に余裕ができ、スケジュールも多めにこなせる。若いころにはトレーニングしなくても大丈夫だったけど、いまはそうではないので、こういうのが大事なんです。食べ物の好みも変わってきています。肉食はキツイです。だんだんそうなってきます。それが自然なことであり、新谷先生の著書でもかかれています。

投稿者: 三本木クリニック

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