院長BLOG

2020.07.31更新

主婦湿疹とか手指の皮膚炎、また手のひらの皮膚が荒れてしまって慢性化した症状や、足裏の同様の症状でも慢性化した状態で長年困っている患者さんは案外多いです。

基本は外用剤をいかにこまめに塗布するか、ということになりますし、必要なら被覆処置も推奨されます。

ただ、実際問題として、その程度の治療で治らないから困ってるんですよ、という患者さんが大変多い。

それで当院ではまず外用治療から開始し、それもちゃんと塗布しているのかどうかを確認し、それでも効果が少ない場合には、内服の抗ヒスタミン剤を併用とします。

内服併用療法については、皮膚科専門医の臨床教授の先生からも「安易な内服治療は厳に慎むべきである」という指導をいただいたこともあり、もちろんその趣旨は賛同するものですが、さりとて、治らない事例があることはどうしようもない。

また、ステロイド外用剤に対する誤解と偏見が日本だけどうしても相変わらず残っていて、外用治療をまあ本当に申し訳程度にしか行わない頑固な人も地味に少なくない。

こういうのは、前に進みたいのに自分で足踏みしているようなものですが、一種の宗教みたいなもんで、どうしようもないこともあります。

そういうのはさておいて、真面目に治療をしても、それでもダメな事例はあるのです。それが現実。

それで、安易にというつもりもないですが、塗れ塗れパワハラになってしまってもいけないので、まずは抗ヒスタミン剤内服で併用開始とします。ただ、それでもなかなかという症例もやはりあるわけで、、。

そういう場合にはやはり内服ステロイドを少量併用することが結果的には一番だというのが経験則から言えることです。もちろん結果としてそういう治療を選択するに至った、ということであり、最初からそれありきではありませんので誤解のないように。

海外ではアトピー皮膚炎にステロイド治療をやりすぎて白内障となり後悔したと怒っている人があるというニュースが最近ありましたが、外用ステロイドの適正使用レベルでは白内障を誘発しないことはもう平成初期の時代までに研究がなされて証明されています。ステロイド白内障となるには内服治療を相当の用量で長期服用した場合に限るというのが事実ですし、アトピー皮膚炎の治療を(とくに目の周囲病変に対して)適正にしてこなかった結果として、アトピー性白内障になるということの方があるのだということが、文献としてすでに過去にきちっとしたものがでています。

海外の症例で、どういう治療経過だったのか詳細不明な状態で、十把ひとからげに「ステロイドは悪だ」という風に決めつけるのは非常に害悪です。それは背後にアトピービジネスの気配があるわけです。そこに注意を払うべきでしょう。私はステロイド信奉者ではないですが、適正使用は普通になされるべきという考えです。それはガイドラインを見れば分かることです。

話がアトピーにそれてしまいましたが、難治性の手荒れ、足裏荒れについては、内服治療を併用することが治療への着実な正しき道であることがある、という話です。そして不思議なことに、内服ステロイドは延々と長きに渡り必要ということにはならないことが殆どである、という点も経験則として得ておりますのでそこも安心材料かと思います。

医学は所詮経験学の要素が大きい。そしてもちろんエビデンスとなり、そこに科学的根拠というものが裏付けとしてでてくる。そういうものでしょう。私が開業して良かったと思うこととして、勤務医時代とは2ケタほども差がある症例を経験できるようになったこと、があります。

理論や既知のエビデンスももちろんバックに置きながら、そしてそのエビデンスも最新のものを絶えずアップデートさせながら、さらに自分の経験によるフィードバックも上乗せしていく、というのは一番だと思います。その経験というのは、やはり数をたくさん見る、ということのパワーは非常に大きい。ビッグデータとでもいうのか、そういう強みがあります。

皮ふに関する疾患についてもしかりで、こういう卑近な症例は大学病院のお世話になることは少ないでしょうから結果として大学などにおられる専門の偉い先生でも知らないような事例があることは事実として認めざるを得ないでしょう、そして、たとえば普通の教科書的な対応では治らないものについて、少しだけ経験則を活用して自分なりに対応することも、ときには有効である、ということです。この件については難病である間質性肺炎の治療についても実は自分なりに思うことがあります。それについてはまた機会があればお話ししたいと思います。

 

 

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.30更新

そのためには、いかに持続するか、ということです。

3日坊主とならないようにできるか。維持できるか。

趣味とか遊びなどはいくら飽きっぽくても構わない。

自分が人生において真剣にとりくまないといけないことについては、3日坊主では成しえない。

そこがポイント。

 

古谷三敏さんの漫画レモンハートの中で、東大を卒業した兄貴をもつ劣等生の弟を説教するおじさんの話があります。

「東大に行ったから勝手に兄貴はもともと賢いとか天才とか簡単に言うな。お前の兄貴は毎日新聞配達をしたり、毎日コツコツと努力を続けることをした。そういう努力ができるやつが東大に入れるんだ。単に努力もしないで入れたんだとか天才だったからとか簡単に片づけるんじゃないよ」といった内容を弟くんに諭していました。

東大に入る才能というものがあるとすれば、それは努力を続けるという才能だろう、と。

 

私の持論は、自動車運転免許を取得できるレベルの知能と運動能力があれば、たいていのことはやればできる、です。

やるかやらないか。ただそれだけのこと。途中でめんどくさいと投げ出してスマホ遊びに流れてしまうのか、グッとこらえてめんどくさいことをコツコツやるのか。

これは私が私自身に挑戦する宣言です。いかに3日坊主で終わらないか。それが一番の肝要。普段の仕事でヘトヘトになっても、3日坊主で終わらないように努力することで、誰でもやればできるんだということを証明します。

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.29更新

長かったですね~今年の梅雨は。入梅の6月10日から急に梅雨入りしたのを覚えていますからね、もう7週間になりました。さすがに今週後半には明けそうです。

コロナショックでいろいろと経済の再編というか悪化というか、クリニックでも倒産するところもあるようですので、本当にほとんどの業種が悪化していると思います。

ただでさえデフレなのに、また今後も拍車がかかるのか、、、?

秋冬になれば今度はインフルが流行しはじめるとなると、普通の風邪もあるしもう滅茶苦茶ですわね。

そんななかでもたくましく生きていかねばならないわけで、、

あらゆる業界業種職種が、パラダイムシフトを強いられることになっているように思います。

ただ、私が思うに、真の実力者が適正に評価される時代になるとも言えるかと思います。

春に出した拙著でも、本質とは何ぞや、ということを底流に訴えているつもりです。本質が価値でありリーズナブルでもあるんです。

正しい人生とは、幸福に生きることだと、最近つくづく思います。

各々の境涯はいろいろあるでしょうが、そんな中でも幸福に生きることが人生の目的であり正しい人生だと言えます。

そのためにはそれなりの努力や苦労は当然乗り越えなければなりません。そして、社会の一員ですから、バランス感覚も大事です。それが幸福への道であり、正しい人生だと言えます。

たとえ病気があっても生命力というのかな、生きる火がわずかでもあればそれは価値ですし、原動力になるはずです。一人だと悶々として死んでしまいたくなることも普通にあることでしょう。でも誰かしか話し相手なり一緒に酒をのむ連れだったり、そういう人というか仲間があれば、ギリなんとか生きれるんじゃないかなあと思うんですね。

梅雨も明けます。カラッと晴れた夏がきます。でも猛暑でしょう。そして気持ちの良い秋が来ます。でもコロナの不安は続くでしょう。いろいろ上下ありますわね。

一番かわいそうなのは来年度新社会人となる人の多くが内定取り消しになったこと。ほんのたまたまの1年の経済状況の変化によって、その人の一生が狂わされるわけです。

自分がその立場だったら、もう、、、想像がつきませんわ。

それでもまあ、話を聴くことくらいはできるかな、、、。私も開業して何年間かは本当にしんどかった。でもそれらを乗り越えたら本当に自分に自信がついたし、過去の自分、そのころの自分に会えるのならば、飯でもおごって励ましてやりたい。

苦闘している若者たちに言いたい。君らなア、上から目線で悪いけど、何かあったらいつでもうちへ来いよな。とりあえず話聞くことはできるよ。そんな程度でもな、薄いうすーい仲間かもしれないけどもな、それでもそういうやつがここにいるんだということだけは知っておいてくれよな。

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.27更新

可児市は明智光秀の出生の地ということで、今年はNHKの歴史ドラマ番組「麒麟がくる」とかいうのが放送されているらしく、キャンペーンのように、可児のこの地域を明智荘(あけちのしょう)として宣伝されているようです。

それを、前回のプチツーリングの際に見つけて、今回は名鉄明智駅付近、そして旧金山城というところにある戦国山城ミュージアム、をみてきました。

歴史に疎いもので、戦国時代のことについてはまるっきり知らない私です。

金山城はもともと斉藤道三の息子が建てた城で、その後森蘭丸(正式には乱丸が正しいとのこと。以下乱丸とす)の一族が保有し、森乱丸ら兄弟もそこで出生したということです。それが滅びると廃城となり、のちに犬山城主の石川某にパーツ取りに利用されたとか。

雨の中、城跡の山の上に上ると、「こりゃ天気良い日に来たら気持ちいいだろうなあ」という見晴しのよさ。

とにかくこのところ、コロナの再燃、そして長い梅雨で雨がしっかりつづいていて、頭がおかしくなっても不思議じゃないです。遠方へでかけようという気にもならないですからね。

それで戦国山城ミュージアムでは織田信長と森乱丸、そして明智光秀の関係などが多少解説してあって、ほんの少しですが乱丸、明智光秀が身近に感じられました。近くには乱丸の母の千日尼が住まったお寺もあって、そこで大河ドラマの撮影ロケ地にもかつてなったことがあるとか。そのときの俳優が坂口良子とか林隆三だったとか。お二人とも他界されていますから、ああ月日は流れていくものだと嘆息してみたり。

さて、名前はよく聞くことのある森乱丸は織田信長の小姓ということですが、一時は恵那の岩村城の城主にもなっているんですね。そして本能寺の変で信長とともに弱冠19歳で死ぬ、と。

ちなみに可児は、可児才蔵という槍の名手がいて、それも初めて知ったのですが、その名前に由来した地名なんだろうかね?とか思いながら、、。あれ、違うか、逆か。元々可児郡という地名があって、可児明智城というところが明智家の主たる城で、光秀よりも200年以上前に築城されているようですね。可児の才蔵、ということか。こういう疑問解消や知識探求はなかなか大変な作業ですね。

ともあれ雨天で野外活動ができない、かつコロナで旅行や人混みも好ましくないということで、近場での歴史探訪などは割と良い選択だったかなと思います。ただし、ほとんど誰もいないところばかりでしたけどね、、。

名鉄広見線の明智駅は、恵那の明智町(明智鉄道)とは全く別ですが、完全なる無人駅でなんともワビサビの風情。昨今は無人駅が普通に当たり前になっていますが、昭和のにぎわった時代からすれば寂しいもんです。

明智光秀の生涯については不明な点が多いようで、このあたりの伝説についてはいろいろ研究する価値があるかなと思いました。だって、一族が根本から消えてしまうほどのことをしでかしたわけですからね。おかげで末裔がさびしい思いをしてしまったんです。(追記:その後新説によれば、光秀は単なる一時的な感情で本能寺の変を企てたわけではないことのようです。そりゃそうですよね。命を賭けた一族の長ですからね。そのあたりは汚名返上、名誉挽回させてあげてほしいものです。)

ちなみに、本能寺の変で信長が明智の裏切りを知った時「是非に及ばず」と発したその言葉の意味はいろいろと分かりづらい面があるのですが、今風に訳せば「しょうがねえな」という一言で表せるような気がします。

長雨も「しょうがねえな」であと数日やり過ごすしかありません。なんとか元気に過ごしましょうね。

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.27更新

かつて苦労して取得した、日本消化器外科学会専門医の資格。

かれこれ長いこと継続しています。

更新に必要なのは規定回数以上の学会参加、規定以上の手術件数、そして外科学会専門医の資格保持、といったところです。これを5年ごとに更新するものです。

専門医制度の良しあしはこういう作業のたびにいろいろ思うところはあるのですが、それでも資格保持のための条件がそろっているのでとりあえず更新を継続している状況です。

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.25更新

京都でALS患者が安楽死を望み、SNSで寄ってきた2人の医師により実行されたという事件が報道されています。

安楽死そのものの議論はいろいろ素人でもされることですからそれはここでは置いといて、、

 

私が思うには、医者になって、最初の10年とかそれくらいはやはり通常の病院で通常の臨床研修をして、通常の医療とはどういうものなのかを体に覚えさせる必要がある、ということです。バランス感覚というやつです。社会人として、です。

医師免許をとったらすぐ事務官になったり、すぐ開業したりすると、まっとうな感覚を培う機会をもたないまま医師年数を重ねることになってしまいます。先輩や上司からいろいろと指導されたり叱られたりして、そして同僚や先輩後輩の症例を見聞きし学んで、そしてさらには学位や専門医を取ったりして、という、通常のプロセスがやはり医師の人格形成のためにどうしても必要だ、ということです。そういうことがなされていないままだったから40歳も過ぎているのに子供じみたことをしてしまった。(追記。うち一人は医師免許を不正取得している疑いもあるという報道もあり)

また、いまどき、防犯カメラやパソコンに残ってしまうことは当然分かるはずだろうのに、ちょっと想像力が欠落していると思ってしまいます。

また、一番問題なのは、患者と主治医の関係性だと思います。

主治医は患者のそういう悩みをちゃんと受け止めて、患者の精神に問題があるようならばそれなりに対応するなりあったはずだと思うのです。

主治医の責任はどうなったのか。それが私が一番言いたいこと。

家族は相談に乗らなかったのか。家族と主治医と相談し、主治医に信頼が持てないなら病院を替わるとか主治医を替わるとか、まだまだやりようがあったと思うんですね。

家族も単純に被害者と言えるのか。ただ単に難病だから家族もやれることなどない、ということで実質的に放置していたのではないか。もういい大人だから、という理屈はこの病気の場合説明がつかないんじゃないか、と、私は思う。

状況が分からないのに外野があれこれコメントするのはよろしくないのは重々承知ですが、それでも、、主治医は一体なにをしていたのか。という疑念は払しょくできない。

「これ以上何もできないんだから仕方がない。患者さんの苦悩を聴いたところでやれることもないから」といって、逃げていたということはないか。

自分がその患者さんの診療に対してキャパが無いのであれば、しかるべきところへ紹介するなりすればいいのですが、それはしなかった。からこういうことになったということはないだろうか。

そこが一番気になりました。ただ、こういう事件については、外野があれこれ言えない状況があろうので、この程度にしておきます。

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.25更新

日進市でも若者が3人、コロナ感染となったようです。

与えられた情報からこの症例の症状をみるに、微熱程度、腹痛、味覚嗅覚の軽度障害、と、多少の上気道症状、というわけで、せいぜいそんなもの程度。ある一人は微熱だけ、ということで、そんなことでいちいち全員コロナ検査に回してたらパンクするだろうと思うのですが、結果的に陽性になってしまっているわけだから、侮れないことになります。

当院では今後そういう状況を踏まえてどうするかというと、発熱の症状の患者さんには車や別室で待機してもらって、個別に診察をするという対応にしたいと思います。もちろん必要があれば検査への紹介となりますが、検査自体は当院のようなクリニックでは扱えないのでしかるべきところへの紹介となります。

こういう対応が今後2年ほどは続くんじゃないかなと危惧しています。実際、安全かつ有効なワクチンが開発されないかぎり。

しかし、普通の良くあるカゼ程度の症状でもコロナ陽性症例がでてきてしまっては、これまでの第一波のときのように、呼吸器症状がひどいかどうか、とか、嗅覚味覚の問題とかのような特徴性がないので、これは病院泣かせです。もういっそのこと、一般のクリニックでも普通に迅速PCRキットを配布してもらって診断できるようにしてもらえないかなと思う次第です。これが常在菌扱いとなるのは時間の問題だろうと思うのです。ただし、現状ではまだまだ風評被害のリスクもありますので、医師会がどういう方針を取るのかによります。

シビアな持病のある高齢者は相変わらず重症となりやすいのでしょうが、今後は若者の感染対策、啓蒙、公衆衛生的アプローチがキモとなるでしょう。そして若者は基本死ぬことはまず無い。だからこそ厄介なんですね。中には検査逃れや行方をくらますのもあるようですからね。コロナ差別がどんどん増大すると尚更有害となるわけです。

とにかく当院では発熱患者さんに対してはこれまでより一層注意配慮した対応をとることになります。

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.25更新

今年だけ海の日が移動して、かつ、本来なら開催だった東京オリンピックのための強引な祝日(スポーツの日とやら)と土日で4連休になっています。

その場その場で祝日を強引に移動させることや1年限りの祝日を設けることには私は個人的には反対ですが、知らないうちに決まってしまっています。

そんな連休の中日(なかび。中日と書いてちゅうにちとも読めるから中日ドラゴンズのことと勘違いしやすいので読み仮名をつけました。ドラゴンズは今年も話題にするほどの状態ではありません)ですが、当院では今日土曜日は診療します。

今年はびっくりするほどに梅雨が長くて、暦でいう入梅の6月半ばからきっちりと梅雨入りして、なんとまあ今年は7月の25日の今日現在でまだ梅雨明けしておりません。おそらく週明けにはそろそろ明けることでしょうが、これほどきっちりと雨にふられた梅雨もめずらしい。

そこへきて、コロナでオリンピックは中止、景気は非常に冷え込み、コロナの第二波で社会不安がまた再燃しており、世の中全体がウツウツとしています。

私事ですが先週の日曜が登山を中止したため、あわよくばと思ってこの連休の23日24日にどうかと思っていましたが、長野県は大雨または雷雨ということで、また断念。しかしどのみち、低気圧が影響してでしょうか、だるくてだるくて仕方ないので、雨の中無理して強行したら危険な事故などにあっていた可能性がありますから中止して正解と思います。

だるくてしんどい時こそ、運動をしてみることを勧めたいのですが、本当にしんどいときは無理です。。それは身体的なのか精神的なのかいずれもあるとは思いますが、高すぎるハードルを設定してそれを無理目なのに頑張って超えようとすることは、それはやりすぎというものです。

とはいえ、ゴロゴロ寝てばかりもいられないしそれも不健康ですから、近場で何か活動することは良いことだと思います。まあそれすらも無理な体調のときは寝るしかありません。

私の場合、山がダメになったので、さあどうしようかと、雑用もそれなりに終わらせて、しかし筋トレするほどのパワーはないので、バイクで近所をあちこちでかけました。といってもまた猿投とか程度ですが、、そのうち24日は和歌山か奈良方面を目指して高速に乗ってみたものの、湾岸から東名阪四日市方面に向かっているともう西の空は完全に雨雲で、一応カッパを持って行ったのですが、不思議なほどに気分が重苦しくなってしまって、結局四日市でUターン。さらに不思議なことに、帰り道は気楽になりました。そもそも行先が3時間半も片道かかる場所に設定したからハードルが高すぎたんです。ただ、おそらくカラッと快晴の日だったら、気分よく行っていたと思います。それほどに気象の影響はある、ということなのでしょう。気象以外にもなにか意味があったのかもしれませんが分かりません。

帰宅後もじっとしていられないので、さりとてランニングをしようという気にも、雨模様なので猿投登山をする気にもならず、結局ミニバイクでうろうろ。前回行ってきた海上の森の、海上の森センターに行ってきました。とはいえ、ここは山歩きのスタート地点とでもいうべき基地というだけのことで、その施設も薄暗く案内のポスターが展示してあるだけの、実質無人の建物。トイレを使う目的以外は誰も立ち寄らないような状態。これもコロナの影響が多分にあることでしょう。幾人かはここへ車を置いて、山歩きをされているらしい気配がありますが、基本ひっそりとしてどんよりしています。

このあたりは、愛・地球博のときに建てられた名残でしょうね、そういう「里山」の価値を啓蒙するような位置づけとなっていて、いまは廃墟然としてはいるものの一応はつぶれずにやっている、という風情。

この付近の新興住宅地はそれこそ地球博の跡地にできた地区で、交通の便やスーパーマーケットなどが充実していれば大変住み心地の良い雰囲気だなと思うキレイなところ。一部には地球博のパビリオンの名残りが公園として残っていたりして、なんとも切ない。

やるせない気持ちで戻り、ちょっとバイクや車の洗車などして、もう夕方になってしまい、食事したら少し元気になって、さすがにこのまま夜は眠れないだろうということで、息子と愛知池をランニング。走りはじめが体の重いこと尋常でないほどで、普段運動を全然してない息子にあっけなく置いてゆかれるほどトボトボとした走りしかできないという情けなさ。しかし一度として歩くことはせずに、とにかく歩くほどの速度でも走るスタンスを継続し、何とか1周できました。終わったら真っ暗でしたけどもね。もうさすがに夏至も遠くなりにけりで、雲っていることもあり夜は暗い。

汗ダクダクになったら、帰り道はやっぱり気分がやや良いんですよ。運動は薬にもなるんですよね。さらには、左の五十肩がこのところ1週間ほどの運動不足で疼いていたのが、結局ランニングで肩を揺らすこと1時間もやると、自然に筋トレ効果になっていて、痛みが消失してるからたいしたもんじゃないですか。

五十肩は筋トレをするべしなのですが、それを1時間とかも継続できるかというと、自分だけでだともう数分やったらもういいわとなってしまいがち。バイクで五十肩を改善させようとすると肩こりの副作用とセットで8時間はツーリングしないといけない。それは時間がかかりすぎます。となると今回の1時間のよちよちジョギングは発見でした。愛知池はとにかく1周しないことには帰れませんからね。そういう強制力はある。で、1時間はかかるのです。それが結果的に肩の痛み軽減に役立ったということです。

体調がつらいときとか、天気が悪くてしんどいとか、そういうときは運動はやはり必要なのですが、いきなりアルプス登山とか、片道2時間3時間の山歩きとか、ロングツーリングとかをやろうとすると気分的に無理なときもあるでしょうから、そういうときにはハードルを下げて、近所を散歩1周するだけとか、2周してみるか、とか、そういうところからでもやると良いと思います。

コロナでウツウツとする人は私と握手しましょう。お互いちょぼちょぼでも多少は元気になるかも?

 

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.22更新

昨夜は2件の研究会を視聴しました。ウェブでのものです。

1つは東大の腎臓内科教授の南学先生による、腎性貧血の新しい薬に関するもの。これまで腎性貧血にはそれ専用の造血注射剤があったのですが、今回の新薬は内服薬で造血効果があるものの紹介です。今後、当院のような末端の診療所でもそういう処方をすることになろうかと思いますが、とりあえずは安全性など、専門施設でのデータの蓄積を待ちたいと思います。

2件目はレーザー治療に関するもの。先週にも同じテーマで視聴しましたが、それにつづいて2回目の講演。内容は太田母斑に対するレーザー治療です。今回はこれについてが一番聴講したかった内容。

当院でも症例を限定選択して太田母斑や後天性真皮メラノサイトーシスや扁平母斑に対するレーザー治療を行なっています。この3つの症例のうち、太田母斑と扁平母斑は保険適応があります。

扁平母斑は難治性であり、保険は2回までしか適応がありません。一方、太田母斑は、当院のレーザーの場合、何度でも保険適応が使えるということです。これまで太田母斑については一般的にいって、大体平均5,6回の治療回数で完治するという知見が得られているため、当院でも保険適応となる回数を5回と決めて対応しておりましたが、これからは6回以上でも症状があれば対応できることが分かりましたので運用していきたいと思います。ただ、今回の講義では、だいたい6回程度で完治するという風に説明がありました。それはまあ過去の文献的にも同様ということですね。

照射の仕方ですが、濃い病変には弱めのパワーで、薄まってきたら強めにする、というやり方が基本であって、また、色あいによっても、茶色の場合には効き目が顕著で3回程度の治療で完結するが、青色の成分が多いタイプなら7回程度と回数が多くなるようです。また青色のケースは最初の2,3回は効果が分かりにくいのが特徴です。そこで「なんだ効かないじゃん」と早合点しないことが大事です。

レーザーを当てると半数程度の確率で一過性炎症後色素沈着が生じます。その場合、その所見が消えるまで、次の治療はなるべく見合わせる、延期することが必要です。さもないと無駄な照射となるばかりか、色素脱失のリスクが高まるのです。とはいえ当院のレーザーはアレキサンドライトタイプなので、そのリスクは少ないほうです。ルビーレーザータイプだとリスクが高いそうです。そしてルビーは太田母斑への保険適応回数が制限されています。これは副作用を考慮しての設定と思われます。

また今回初めて知った知識としてレーザー後の炎症後紅斑に注意、という話。これはレーザー後に一見炎症後色素沈着と思われる所見がでることがあるが、それは硝子圧迫法でよく見てみると単なる炎症後の紅斑であることがあるというものです。その場合、慌てずに時間を待って、その所見が自然寛解するのを待つべし、というのですね。この知識は今後の診療に生かしたいと思います。ただ、当院では太田母斑の治療はさほど行なっていないこともあり(特にこの反応が出やすい小児は他院専門クリニックへ紹介していますので)、照射後炎症後紅斑の経験はありませんけども。

今回得られた点は、照射のパラメータ、照射間隔の決定因子・所見、完治までの回数見通し、治療による副作用の回避、といった知識です。

太田母斑に対するレーザー治療については、東大形成外科准教授の河野先生による講演でした。

これを機に、当院でも太田母斑(成人)の治療、ことに保険治療ですが、積極的に実施していこうと思います。当院のレーザーでは少なくとも愛知県では治療回数に制限なく保険適応がある、ということに意を強くした次第です。

 

投稿者: 三本木クリニック

2020.07.20更新

本来なら昨日の日曜日は早朝から南アルプスの山登りを、と思っていたのですが、天候不安と仕事のことなどで結局そこは諦めて延期とし、あれこれやって、午後からやっと少しどこかへ行こうか、となって、

ツーリング用バイクにてまず、ちょっと前から行きたいと思う気持ちが湧いていた、愛知用水取水口の八百津に行ってきました。残念ながら取水口は日曜休みにて、実際の取水口の場所は見えませんでしたのでまた次回リベンジを誓いましたが、そこは木曽川の兼山ダムというところらしいです。ここ最近は雨が多かったのでなかなか迫力ある放水をみることができました。そしてその帰りには、この八百津あたりには名所旧跡が実はたくさんあることに初めて気づいて、森蘭丸(名前は良くみるけれど実際何者かよく知らない)のこととか、ちょっといくと明知光秀の生誕地とか、あちこちに古いお城の跡とか、いろいろじっくりと訪ねてみたいところがたくさんあり、でしたが、とにかく今回もう1か所行きたかったところは、東海環状自動車道の久々利第一トンネルのあたりでいつも見る、箱庭のような池。以前からここは行ってみたいと思っていたので、場所は可児か御嵩かあたりなのですがナビでみると小淵ダム、とありますのでそこへ行ってみると、高速道路からみてた印象とはちょっと意外な雰囲気で、池なんかじゃなくて、ここもダム湖だったんだ、、と。高いところから見下ろすと小さく見えたけどもそうでもない。東海自然歩道がそこから続いているらしく、山の方へ歩ける風になっているようでした。興味はあるものの、暑くて歩く気にならず、一旦帰宅してきたのですが、家で話してたらまだ見るべきダムがあったと知って、その後また車で出直して、兼山ダムに普通に近いとこにある丸山ダムを見に行きました。同じようなところを2往復もしてしまった格好です。丸山ダムは現在工事中で、初めて見たのですが、ただでさえデカいダムなのに、またさらにそれを大きくする予定だとか。土砂が堆積するからどうしてもそうなりますわね、、・この付近には杉原千畝の記念館があって、そこはずっと以前に行ったことがあったのでスルーしましたが、このあたりは人道の丘と名付けられているのですね。丸山ダムも放水ばっちりしていて、なかなか迫力満点です。木曽川って本当にデカい川なんだなあと、まあダムで堰き止めているから当たり前ですが大きいわけです。展望台からもなかなかいいですが、ちょっとおどろおどろしいムードもあり、それよりしばらく車で下ったあたりの、橋の上から見下ろす場所もあって、そこからだと上流はダム、下流はナントカ峡(蘇水峡でした)と、なかなかの景色というか見応え。

町の方へ下って行くと八百津の旧道ぞいには昭和の時代にはここがメインストリートだったのであろう宿場町の風情があって、和菓子店や酒造店などが歴史を感じさせてくれます。お寺とかも随所にあって。思えば岐阜のこのあたりは尾張から広範囲に織田信長の本拠地だったわけですからね。そして明知光秀関係の博物館のようなところも凄い大きな施設があり、そこは入ったことがないので次回見学したいと思います。歴史好きにはいろいろ魅力たくさんの題材がある場所ですわね、。

八百津、御嵩、可児あたりをそうして見てきて、帰宅してその後また今度は、最近楽しんでいるミニバイクで今度は猿投神社。最近しょっちゅう行ってんなあ、と思いつつ。夕方でしたが、ひさびさにだーれもいない猿投神社でした。あらら、手水も止まっている状態。ちょうど凪の時間だったのかな?いつものそよ風もなく、ひっそりと、それらしい気配はナシでした。でもここはいつも思うけど、癒される場所ですわ。秋ごろは本当に気持ち良いです。また秋になったら猿投登山をひさびさにしようかと思った次第です。

登山はまたチャンスをうかがうことにします。年も年なので、本格的な山登りは自分にはハードルが高くなってしまいました。とはいえ行きますけどね。

投稿者: 三本木クリニック

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