昨晩はひさびさに漢方のセミナーがあって参加してきました。
心療内科、精神科における漢方、というテーマで、かなり漢方に精通された精神科医による講演でした。仁愛診療所の楠木将人先生という方です。
印象に残った点としては、急性ストレス反応、中間期、慢性期、といった時系列によって使用する漢方が異なってくる、という話。急にバタバタとノルマやスケジュールが忙しくて、心が落ち着かない、イライラする、不眠、といった向きには抑肝散、それが慢性化しつつある状態なら抑肝散加陳皮半夏、さらに慢性化しきってしまって、食事までとれず痩せて血虚の状態に進行したならば柴胡加竜骨牡蠣湯、というように、その患者さんがどういう状態にあるのかに応じて処方する、ということでした。
具体的症例提示では、一見状況的にはうつ病かうつ状態と思われるような適応障害であっても、実はよく見極めてみれば、うつではない、ということがあって、いわゆる抗鬱剤でなく、漢方を駆使して、一時は希死念慮状態までいってしまった患者さんが、なんとか漢方だけで寛解状態となったという症例が紹介されていました。精神科医が漢方だけで精神疾患を治癒せしめるというのは相当な熟練者でないと難しいと思うのですが、この先生は凄いですね。
また、ストレスや精神状態の疲弊が蓄積すると、胃腸機能も低下し飲食ができなくなり、気虚や血虚となることから、それに対する処方として六君子湯や補中益気湯が紹介されていました。いずれも補気剤ですが、補中益気湯は医王湯とも別名言われる処方であって、短期的にはすぐには効かないけれど、月単位で服用していると全体において良い効果が得られるという薬です。私もこのあたりの処方は好んで処方しています。
他にも、いまの言い方でいうとフレイルの状態、いってみれば衰弱傾向の状態に使用する人参養栄湯についても解説くださいました。
漢方のセミナーは毎回非常に奥行があり、一種哲学的でもあり、大変に勉強になります。今後の診療にまた生かしていきたいと思います。
楠木先生のコメントによれば、今回紹介された漢方の特徴を一言でいうと、
四物湯は補血の基本。
六君子湯は、体を温め上部消化管を改善。
補中益気湯は、気疲れ、気苦労で低下した機能を持ち上げる薬。
人参養栄湯は、フレイル(本質は異化のほうが勝ってしまっている状態)の薬。
ということになるそうです。
この先生もそうですが、世の中を知れば知るほどに、賢い人というのは、世の中には本当にたくさんおられるものだと、我が身を振り返って比較するに、嘆息する私です。
追記。楠木先生の、今回の講演で示された、漢方治療の原則を記しておきます。
1.漢方で内因性精神疾患の根本治療は行わない。
2.西洋薬との併用を厭わない。
3.脾胃を高める。
の3点です。1は、メジャーな精神疾患については確立された治療法治療薬があるので、漢方を主とはしない、という意味です。3は、消化機能、内臓を良くする、ということが心身の健康のために重要であり、そのために漢方は有益なのだ、ということです。この場合の脾とはいまでいうところの膵臓を意味します。