院長BLOG

2021.05.01更新

昨日は連休の中日ということもあってでしょうか、異様にたくさんの方々が当院をご利用くださいまして、それにしてもこの時期にしては過去に覚えがないほど忙しかったので驚きました。ありがとうございました。

前日が祝日でお休みだったので体力精神力ともにOKだったので幸いでしたが、通常の週末だったらどうだったかとヒヤヒヤです。

夜になり、例によってランニング(いつもいうようにスローなジョギングでしかありませんが)をしていると、いろいろなことが頭の中を駆け巡ります。シャレみたいですが、、。

表題に書いたように、生きているのに地縛霊のような、ニッチモサッチもいかないような人というのはあるんやなあと、ときどき思うんですね。

精神的な領域の疾患患者さんのことですけれど。つまりどういうことかというと、「現状を改善したい」のに、医者に身を任せる勇気がない、というのかな、「この診断は私は違うと思う」「この薬は飲みたくない」「行動や環境を変えたくもない」。

人生はちょっとした勇気の積み重ねではないでしょうか。相手を信用するほんの少しの勇気が持てなければ何も前に進まない。通院しなくなる、去ってしまう患者は救えない。そしてそれは自分(医師)のせいではない。

別に医者と患者の関係でなくてもこういうことは多々あると思います。兄弟、友人、親戚、など、助けてあげたいのだが相手にその準備や心がない、というもの。これでは助けたくても助けられません。助ける側の責任でもなんでもありません。相手を少しでも慮る気持ちがあれば、ほんの少しの勇気をもって付き合うことはある意味礼儀なんだと思うのですが、それが分からないから地縛霊なんでしょうね。そういう人をみているとたいてい何年たっても同じ悩み(経済、人間関係、社会的立場)はそのまんま変わらないようです。

まあ、次のステージへのステップアップに備えて熟成している時期だというのならばそれはそれで良いのかもしれないですが、それならそれで何かしらの熟成行動をし続けている必要があると思います。

 

話は変わりますが、ある優秀な自動車修理業の人がぼやいていたのですが、その人は仕事ができるうえに良心的だからということでだんだん有名になり、大変多忙になっている、と。メールでの問い合わせや受注も増えている、毎日のように何十通ものメールもくる、と。

そんな中たまにヒドイのがあるらしくて、メールで自分の車の故障状態を相談してきて、助言つまり答えを求めるというのがあるそうな。それって完全に無料のメール相談ですわね。しかもメールの文面態度も非常に横柄だと。それで無視してたら、「おまえ動画配信とかやっていてる暇あんのに、俺の質問には答えんのか?」と毒づいてきた(メールで)、というのです。その店主社長さんは怒ってましたね。「自分も生活かかって仕事してる商売人や。一円にもならんメール相談になんですべてにこたえる義務があるんや?そもそも、動画配信するのも、相手によって対応するしないを決めるのも俺の自由や。お前になんでつきあわなならん理由があるんや!」と。そういう話なんですけれどもね・

これ、非常に分かるんですよ。私もずっと以前、まだいまのホームページの形になる前のころでしたけれど、その頃のホームページでは問い合わせメール受付機能がついていて、ある程度の問い合わせには対応してみよう、ということでやっていたのですが、結局は遠方で来られない人の健康相談になってしまっていたんです。それでも一応すべてのメール相談には大なり小なり対応していました。ホームページが新しく作り替えるときになって、以後その機能はつかなくなったので以後はメール問い合わせ対応はしておりません。でもそれ以前には対応してたんですね。何往復かするメールのやりとりとなると、これは徒労以外の何ものでもなく、しかも実際に診察もしてるわけでもないので責任問題にもなるし、もちろん費用請求もありませんから、こちらとしては遊びといってはなんですけれど、暇つぶし以外のメリットがないわけです。むしろデメリットしかない。そんななか、誰か分かりませんが、本当かどうかも分からないのですが「2回も問い合わせメールをしたが反応がないから最悪」というコメントとともに匿名でグーグルマップのコメントに入力してくれた人がありました。見てみればまだ閲覧できるんじゃないかな、、ああいうのはこちらから削除することはできませんからね。どんなウソ八百でも匿名でも書き込んだら永遠に残るわけですから、何でもアリですわね。一度でも受診したのならまだしも、そもそもお前誰やねん?ということなんですよ。他にもわざわざ実名っぽい名前で星1つの評価(コメントなし)を入れてくれた人もありましたが、その名前、当院には受診歴ないんですよ。何をどう反省しろというんでしょうかね。これもまだ見れるんじゃないかなあ。私もうこういうの一切見ないことにしてますので知りませんけども。

当院を利用される方はこういう変なのはいらっしゃらないでしょうけれど、初診で「???」と思う人もごくごく稀には来られます。でも最近はゼロかなあ、ずっと。そういう意味ではありがたいことですね。車屋さんだろうと医者だろうと、正式な受診や依頼や訪問でもないのにネットでの相談に対して助言を求められても、それに答えるも答えないもこちらの自由でしょう。電話問い合わせでも似たところがあります。電話で医者が対応して相談にのることは原則的には電話診療行為となり本来有償なのですが、見ず知らずの人の電話でそういうことを請求するのも心苦しいので、基本的には事務員を介して簡単な助言だけはしていますが、見知らぬ人のために長々と事務員の時間を電話で浪費させられることはやはり現場の業務に支障を来たします。それがもし申し訳ないという気持ちがあって、時間外に電話をかけてくる場合、当院は留守電に切り替わりますので、本当に緊急なことや必要なことならば留守録にいれていただければ、コールバックする体制とっているのですが、ほとんどの人たちは(もろもろのセールス電話も含め)留守録に入れませんね。ということはその程度の用事だったと判断しています。

電話というのは先方の時間を強引に奪う行為なので、よほどでもないかぎり現代では気を遣って電話しないと、相手が忙しい時間などは困らせることになるでしょう。また、メールでの問い合わせに反応がないからといっていちいち怒っているようなのは世の中をなめているというか勘違いしているようです。そういう人はいずれしっぺ返しが来ることになりましょう。相手の立場を考えて行動することは成人式過ぎた大人であれば当然求められるはずです。

最近はいい大人でも診察室で野球帽のようなのを被ったままという患者さんも変に増えてしまって、もういちいち社会人としての指導をする義務もないわということや、そんなことに構ってる余裕がないということもあって、何も言いませんが、印象良くないことは間違いありません。子供でないのならそこは社会人としてのマナーを顧みると良いと思いますが、どうでしょうかね。

 

精神的に地縛霊な患者さんや、他にも、通院しなくなって去っていく人は、しばらくは私の頭の中で心配はしてしまいますが、そういうのはもう、本当は追っかけてはいけないのです。それを自分に言い聞かせています。去るものは追わず。その患者さんにとって、まだ治すべき時期じゃないってことなんです。良い方にとるならば。去っていくものや逃げていくものを追いかけないという姿勢、それは医療に限らず大変重要な姿勢です。運を上げたいと思ったならば、「去る」「失う」といったことに意識を寄せてしまうことは控えましょう。さもないと失うことばかりを引き寄せてしまうからです。これは私がいままで読んだ多数の著書にだいたい共通している指導内容です。「去る」より「得る」ことに意識を向けるのです。「持っていない事」よりも「持っていること」に意識を向けるのです。

いま自分には、もっているものがたくさんあるのだという、感謝の気持ちが少しでも奥底にあれば、素直さにつながり、そして良い助言や治療を受け入れる勇気も持てるようになり、良いことが増えてくると思います。感謝の気持ちは私でもそうですが、いつも意識するようにしていないと知らないうちに薄れてしまいますので要注意です。

 

投稿者: 三本木クリニック

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