院長BLOG

2020.07.27更新

可児市は明智光秀の出生の地ということで、今年はNHKの歴史ドラマ番組「麒麟がくる」とかいうのが放送されているらしく、キャンペーンのように、可児のこの地域を明智荘(あけちのしょう)として宣伝されているようです。

それを、前回のプチツーリングの際に見つけて、今回は名鉄明智駅付近、そして旧金山城というところにある戦国山城ミュージアム、をみてきました。

歴史に疎いもので、戦国時代のことについてはまるっきり知らない私です。

金山城はもともと斉藤道三の息子が建てた城で、その後森蘭丸(正式には乱丸が正しいとのこと。以下乱丸とす)の一族が保有し、森乱丸ら兄弟もそこで出生したということです。それが滅びると廃城となり、のちに犬山城主の石川某にパーツ取りに利用されたとか。

雨の中、城跡の山の上に上ると、「こりゃ天気良い日に来たら気持ちいいだろうなあ」という見晴しのよさ。

とにかくこのところ、コロナの再燃、そして長い梅雨で雨がしっかりつづいていて、頭がおかしくなっても不思議じゃないです。遠方へでかけようという気にもならないですからね。

それで戦国山城ミュージアムでは織田信長と森乱丸、そして明智光秀の関係などが多少解説してあって、ほんの少しですが乱丸、明智光秀が身近に感じられました。近くには乱丸の母の千日尼が住まったお寺もあって、そこで大河ドラマの撮影ロケ地にもかつてなったことがあるとか。そのときの俳優が坂口良子とか林隆三だったとか。お二人とも他界されていますから、ああ月日は流れていくものだと嘆息してみたり。

さて、名前はよく聞くことのある森乱丸は織田信長の小姓ということですが、一時は恵那の岩村城の城主にもなっているんですね。そして本能寺の変で信長とともに弱冠19歳で死ぬ、と。

ちなみに可児は、可児才蔵という槍の名手がいて、それも初めて知ったのですが、その名前に由来した地名なんだろうかね?とか思いながら、、。あれ、違うか、逆か。元々可児郡という地名があって、可児明智城というところが明智家の主たる城で、光秀よりも200年以上前に築城されているようですね。可児の才蔵、ということか。こういう疑問解消や知識探求はなかなか大変な作業ですね。

ともあれ雨天で野外活動ができない、かつコロナで旅行や人混みも好ましくないということで、近場での歴史探訪などは割と良い選択だったかなと思います。ただし、ほとんど誰もいないところばかりでしたけどね、、。

名鉄広見線の明智駅は、恵那の明智町(明智鉄道)とは全く別ですが、完全なる無人駅でなんともワビサビの風情。昨今は無人駅が普通に当たり前になっていますが、昭和のにぎわった時代からすれば寂しいもんです。

明智光秀の生涯については不明な点が多いようで、このあたりの伝説についてはいろいろ研究する価値があるかなと思いました。だって、一族が根本から消えてしまうほどのことをしでかしたわけですからね。おかげで末裔がさびしい思いをしてしまったんです。(追記:その後新説によれば、光秀は単なる一時的な感情で本能寺の変を企てたわけではないことのようです。そりゃそうですよね。命を賭けた一族の長ですからね。そのあたりは汚名返上、名誉挽回させてあげてほしいものです。)

ちなみに、本能寺の変で信長が明智の裏切りを知った時「是非に及ばず」と発したその言葉の意味はいろいろと分かりづらい面があるのですが、今風に訳せば「しょうがねえな」という一言で表せるような気がします。

長雨も「しょうがねえな」であと数日やり過ごすしかありません。なんとか元気に過ごしましょうね。

投稿者: 三本木クリニック

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