院長BLOG

2019.04.15更新

先週のことですが、私が若手時代、修行中にこまごまと厳しく指導をうけお世話になった先生が66歳という若さで亡くなられました。

すでにご家族ご親戚だけが残っていただけという、お通夜の式も終わったあとではありましたが、ごあいさつというかお別れにお邪魔してきました。

思えば1,2年前だったか、医師会の研修会で、後姿だけ見かけたのが、私の中での生前最後でした。その先生は開業されてもうかなりの年数経過していたと思いますが、まだまだ若い年齢だけに愕然としました。訊けば癌だったとのことで、耳を疑いました。

癌とか生活習慣病で医師が死去すると、一般の人々は「医者の不養生」などと揶揄しますが、現代において、医師の仕事の難渋さは、昭和の時代のそれとは比較にならないほどです。余裕がなかなかないのが現実です。それは、忙し過ぎたり、経営難だったり、業務の割にサラリーが少ないし、医療の進歩や覚えるべき知識や治療内容がますます広がり、しょっちゅう勉強しないとダメだし、何かとすぐに医療訴訟に巻き込まれる時代だし、などなどによります。医師だからこそ当然、健診やら自己管理をすべきであるというのはごもっともなことではありますし、私もそう気をつけているつもりですが、いろいろと煩雑な毎日を送っているうちに、知らないまに実は健診を受けてないまま何年も経過してしまっていた、ということは、医師は開業医も勤務医も決して少なくないことだろうと思います。

日進市は健康長寿日本一という市町村だそうです。昨年の今頃、たしか市長さんがそう言っておられました。実際当院に来られている患者さんたちも80歳超えてふつうに元気な人たちはたくさんおられます。60歳代で癌で亡くなられるなどということはそうそうありません。私が関わっている患者さんでは滅多にないことです。まあ、クリニックで癌を診るということがないからでしょうけれど、少なくとも早期発見についてはクリニック開業医でも重要な責任があります。

生命保険も65歳を過ぎると急に毎年支払う保険料が倍増するといいますが、それだけその年齢くらいから一気に病気や老化が進むからと言えましょう。

えてして勘違いしやすい問題は、65歳くらいまで毎年検診を受けていて、全く問題なく過ごせてきた、もしくは、多少異常があっても自覚症状がないから様子をみていた(放置していた)、という人は、「だからもう今後健診などやらなくていいのだ。わしは病気にならない体質なのだ」という思い込みをしてしまうことです。

実際、生命保険料が65歳以後急に月々の支払額が倍増したことに対して、ある経済学者が憤慨されている内容の本を最近読みましたが、その人も「いままで私は健康だった。そして今後も普通に健康のまま80歳になるはずだ。なのに保険料が倍増するとはどういうことだ!」と、本人は気づいていない勘違いを前提として、怒りを表明されておられました。これが悲しいかな、現実とは異なる勘違いなのですね。人は慣性の法則にのっかって生きていますから、65歳で自覚症状も検査異常もないから、80歳まではなんら問題なく生きれる、と思ってしまいますね。それは本当に良く分かります。自分もおそらくそう思うだろう。

でも、実際には事実として65歳から急激に病気や死が訪れる確率が上がるんですよね。もちろん今後少しずつ平均寿命が上がることでしょうから、65歳が68歳ぐらいから、というようなずれ延長はあるにはあるでしょうけれど、それはさほど大きな差ではありませんわね。

ですから、それこそ、これまで健康だった人たちでも65歳までは問題なくてもそれ以後がいよいよ健診およびその対処が重要になってくるのです。対処して早期発見早期治療をすることで、80歳を元気に通過できるわけです。「どうせ最後は死ぬわけだから、75歳で死のうと85歳で死のうと同じだ」と考える思想の人は、病院に受診しなくてもいいかもしれませんけども。でも、いざ自分が74歳だとして、75歳に実はあなた死ぬ予定ですと知らされたら、あわてて病院に駆け込むのが人間というものです。それを責めるのも酷かもしれません。

しかし、もう何十年も会っていないままに、まさか、まだまだ若いのにという年齢で、お別れしなければならなかった、ということに、悲しさや怒りや寂しさや申し訳なさなどいろいろな感情がぐるぐると頭の中を巡るようなこの頃です。大変にお世話になりましてありがとうございました。

 

投稿者: 三本木クリニック

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