院長BLOG

2018.10.10更新

多くの人はこのストレスフルな多忙な現代生活を送っています。

のんびり過ごせている人は幸いなことです。しかし学生や現役世代の労働者、実質的に勉強したり働いている人達は、この複雑化した現代社会でたいてい忙しく頑張っている。

逃げるのはある意味簡単かもしれません。学校、仕事、勉強、職場。

サボる、休む、離職、退学。

その理由を病気に求めて安心したい向きもあるでしょう。

しかし、良い意味で本当の病気であることが判明してその結果として前向きに社会に生きていくことができるのならそれは喜ばしいことですが、そうでなくて、単に自分の都合に合わせて病気を作り出すことはどうなのだろうか。

私も含めて、人生悩みや苦痛は探せばいくらでもあります。探さなくても降って湧いてきます。生命力が落ちているときなどは、もうとんでもなく嫌になります。

そこで自分のやるべきこと、闘うべきことから逃げるのは、命に関わる可能性がある場合にのみとどめて頂きたい。

私は逃げません。

一度逃げたら逃げ癖がつきます。逃げた奴には信用度というか信頼性が下がります。それは嘘つき癖と似たところがあります。一度ウソをつくとそれが癖になり、積み重なります。信用を失います。

物事との戦いだけでなく、人同士での闘いもそうです。これは何も喧嘩や戦争という意味でなく、夫婦関係、親子関係、職場の上司部下同僚や学校の友人先輩後輩といった人間関係でのお互いの両立を目指す闘い、という意味です。

スクールウオーズのドラマのシーンじゃないですが、時には痛みや悲しみを伴わなければならないこともあります。それを避けることが、結果として大きく道を外れてしまうことになることになるからです。

悪い枝向きは、最初に摘み取っておかなければ、本体がまともに生きていけない結果を生むことがある、ということです。

 

逃げるか逃げないか。その日その時その相手(人なり仕事なり)に対して。ほんの紙一重の差だと思います。これはどんなに地位の高い人間だろうと、老若男女関係ないことです。その人の置かれた環境はその人独自のものであり、誰もが大統領の地位にあるわけでもないです。各々の立場で各々が毎度毎回紙一重を乗り越えて積み重ねている。

逃げるときは命が危ないとき。そうでないのならば、何ならこれで死んでしまったらそれはもうそのときはそれで仕方がないと思うほど覚悟を決めて、自分を賭けて、そこまで闘う。

少なくとも逃げない。自分なりのスタンス、キャパで。

でも本当いうと、どの人間も似たり寄ったりで、肉体的先天的な差異はあっても殆どの能力などどんぐりの背比べだと思います。だから自分が逃げないで頑張るんだからあんたもできるはずだ。私はそう思っています。

別に明らかに勝たなくてもいいんです。そこに立っているだけで少なくとも逃げてないことになります。ただ数時間なり1日なりそこに居ればもうそれでクリアするんです。

いつまで敗走続けるんですか。逃げれば逃げるほど怖くなるし、どんどん坂道下って行きますよ。いったん下りてしまったらまたそこから這い上がるのは大変です。時間もかかります。そこらでいったん立ち止まりましょう。ふりかえってみたら、なんだ、実は案外大したことない景色だった、ということが普通にあります。

自分なんかそんなたいそうな人物でもないでしょうよ。何をもったいぶって出し惜しみしてるんですか。所詮誰しもショボいパンチしか出せない小者じゃないか。ならばそれで前に一歩進めばいいだけのこと。

 

投稿者: 三本木クリニック

  • まずはお気軽に
    当院へご相談ください
    内科/小児科/肛門科/外科/形成外科/皮膚科/美容
  • common_tel.png