院長BLOG

2018.06.29更新

今年は当院軒下のツバメがカラスの襲撃にやられて、第一弾が早々に空き家となり、その後第二弾もどうやら数羽は食べられてしまったようですが、何とか2羽は生き残って成鳥となり、今年初めての巣立ちとなりました。

皆さんのご協力ありがとうございました。

人間だけが世界中どこでもガタガタして、対人間、対自然、というように、いつまでも侵略行為をやめない中、野生動物は淡々と自分らのすべきことをし、失敗したらそれを受け入れ、また別のところでチャレンジするだけという、、見方によってはいろいろと勉強になるというものです。

神谷美恵子先生の関連の本で、「人生とは生きがい探しの旅」という内容のものがでており、最近読んでいますが、この題名は神谷先生自身が付けたわけではなく、あまたある先生の著書著述の中の一部抜粋したものを題名にしたようです。

昨今は、特に若者に多いかもしれませんが、生きがいロス、希望ロスの状況に陥っている人が少なくないように思います。老人は仕方ないにしても、若者がそれでは困ります。または、明確に生きがいなどというものを思っていなくとも、日々が絶対的な生命幸福感に満ちていればそれで良いのです。何もしてなくとも、生命力さえあれば、生きてる気持ちよさを幸せだと思えれば、本来人間は良いはずなのだと、実は改めて考えると思うのに、競争社会に生きざるを得ない現状に、どうしてもある程度合わせなければならない苦しさがあります。

何事もボチボチ、もちろん全力でやれるときや、やるべきときや、やりたいときは全力投球すればよろしいが、トータルではボチボチとやる、というところが生き物としての本質ではないかと思います。機械ですら全力で稼働したらすぐ壊れるのですから。

その中で、自分自身の核というか芯というか、そういう中心の部分においては、最後の最後では試練や苦難を跳ね返す生命力が内在していることを、時には感じて、自分の命、生命力が、それが人によってはパワフルな高排気量のターボエンジンのように強いものであろうし、50ccの小さいエンジンクラスの場合もあるでしょうが、各々のレベルにおいて、「ここまではまあいろいろ許したり凹んだりはするけども、最後の最後、ここからは絶対に負けない。よーし、やってやろうやないか」という気概で、土俵際で踏ん張るように最後の生命の砦を守りきる。それが結局は1周回って絶対的幸福につながるものなのかも分かりません。

とにかくどこかでナニクソ根性で頑張るんや、と。そうでなければ死である、と。そういう炎を燃やして、心に秘めて、生きていきたいものです。

生きがいはおそらく、死ぬまで持続できる関心事、研究テーマがある人は簡単に得られることでしょう。しかし、そういうテーマが持続しない人のほうが圧倒的多数なはずです。仕事で現役だった時代には何かしら追求しつづけるテーマがあるでしょうが、定年になって退職しても何かしらテーマを研究しつづけることができればそれは紛れもない生きがいになるはずです。しかしそういうものが無い人のほうが多いことでしょう。そもそも、野生動物がいちいち生きがいなどと考えては生きていないですから、人間もそうそう偉そうな生物ではないので、生きがいなどと偉そうなことを求めることは虹のように儚いものかもしれません。とにかく生命を全うすることが第一で、そのうえに生きがいだの社会貢献だの、となるわけで、それはやはり生命力の多寡に依存しているように思います。

無駄に生命力を撒き散らかして変な事にならないようにしたいものです。若者はとくに。

投稿者: 三本木クリニック

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